「人生に虚しさを感じている人は、負けるのは恥ずかしいことだと考えがちです」
そう語るのは、著書『先生、どうか皆の前でほめないで下さい』がベストセラーになるなど、メディアにも多数出演する金間大介さんだ。金沢大学の教授であり、モチベーション研究を専門とし、その知見を活かして企業支援も行う。
その金間さん待望の新作『ライバルはいるか?』は、「競争」をテーマにしたビジネス書だ。今の時代、「競争なんて必要ない」「みんなで仲良くしないといけない」と考える人は多い。会社や学校でも、競争させられる機会は減った。その一方で、「誰かと競うことには本当に負の側面しかないのか?」と疑問を抱いた金間さんは、社会人1200人に調査を行い、世界中の論文や研究を調べた。そこから見えてきた「競争」の意外なメリット・デメリットをまとめたのが同書だ。この記事では、本書より一部を抜粋・編集してお届けする。

人生に「虚しさ」を感じている人が知らない、たった1つのことPhoto: Adobe Stock

 ライバルがおらず、人生に虚しさを抱えている人。
 ライバルがいて、切磋琢磨しながら人生に充実感を抱いている人。

 前者の人に知ってもらいたい、「負けること」についての話がある。

負けることは、恥ずかしいことなのか?

 他者に負けること。

 それは決して恥ずかしいことではない。全力で戦って敗れたものの姿は、むしろ勝者のそれよりも美しく、ときに清々しささえ感じられる。

 と、よく表現されるが、それは本当だろうか。少なくとも以前の僕の感覚から言えば、やはり他者に負けることはとても悔しく、恥ずかしいものだ。

 何より、勝負の瞬間に至る過程の中で、もっと他にもやれることはたくさんあったはずなのに、それらをやりきれなかった自己嫌悪の念に襲われる。

幼き日に見た「相撲中継」

 そんな性格だから、僕は子供の頃、祖父と大相撲中継を観るときは、負けた力士をよく見ていた。

 当時、午後5時50分頃に登場する横綱・千代の富士は、信じられないほど強かった。立ち合いから、ものの数秒で勝負が決することも多かった。連勝に次ぐ連勝。大関や関脇ならともかく、15日間の序盤であたる平幕の力士では、全く歯が立たない。

 平幕といっても、相撲界のピラミッドからすれば、ほぼ最上位に位置する。そんな彼らは、横綱に勝つために一体どれほどの鍛錬をしてきたのか。積み重ねられた稽古の量は、それこそ想像を絶する。

 そうして究極的に集中し、勝負に挑んだ刹那、数秒で投げを食らう。その瞬間の悔しさ、痛みはいかほどのものなのか。当時の大人から見れば性根の悪い子供だったのかもしれないが、僕はそんな敗者の気持ちを少しでも察したいと思った。

 そしてそんな敗者の姿が、誰かと戦うことに僕が抱いていたイメージを変えてくれた。

一瞬で砕け散る「夢」

 NHKのテレビ中継は、勝敗が決した瞬間、ふたりの力士からズームアウトし、土俵全体を映す。

 大歓声の中、行司が勝者を指す。両サイドの徳俵に立つ力士が礼をする。そこからの映像は、ほぼすべて勝者が独占する。

 でも僕は、敗者の姿が見たかった。

 その願いが通じるように、敗者も時折映し出される。とくに印象に残ったのは、土俵から支度部屋へと続く通路を歩く後ろ姿だった。

 限界に達する稽古を積み上げ、最強の横綱に勝つその一瞬だけを夢見て、すべてを賭ける。そんなひとりの力士の想い、プライド、努力の日々など、どうということはないと言わんばかりに、横綱は、立ち合った瞬間に相手の背中に土をつける。

 たった数秒で視界を空転させられる。そのとき敗者は、すべてを否定された気持ちになるのではないだろうか。とてつもなく高い壁を前に、自分の限界を見せつけられ、己の未熟さを知らしめられ、絶望してしまうんじゃないか。

 そう危惧する幼き僕の心配は、杞憂に終わる。
 子供の僕の目には、彼らの背中に落胆や悔恨は感じられなかった。

熱く、燃えている敗者の背中

 その代わり僕が画面から感じたのは、熱く、燃えている背中と、次の戦いへの決意だ。

 そこに暗澹たる思いは、一切感じられない。
 それともあの感覚は、僕の願望が投影されたものだったのだろうか。

 その後、敗者の背中は、支度部屋の近くで待つ同門の力士たちと合流する。
 何かの言葉を交わす表情にも、やはり落胆の色は見られない。

 むしろ、笑みこそないものの、「横綱、マジで強かった」と言って喜んでいるような。
 ほんの少しだけ、楽しそうな。ワクワクしているような──。

「ライバル」によって人生が動きだす

「誰かに負けること」は、決して恥ずかしいことではない。
 敗北を経験したことで心の底から湧き上がる、いてもたってもいられないような情動が、あなたを突き動かす。

 あの人にだけは負けたくない。
 絶対に負けられない。

 その一歩によって、あなたの人生の物語が動いていくのだ。

(本稿は、書籍『ライバルはいるか?』の内容を一部抜粋・編集して作成した記事です)