コンプライアンス的に考えると
ひとりの管理者に全権を与えてはいけない

 コンプライアンスの教科書では、「倉庫に鍵をかけなかったことが悪い」と教えます。理由は、「株主から預かった資金(で買った資産)を危険にさらしたから」です。

 そこでいったんこの問題の正解は、倉庫に鍵をかけてその鍵は店長であるあなたが管理すべきだったということになります。

 では、倉庫に入っているのがもっと高価なものだったらどうでしょうか。たとえばあなたのお店は金の販売業者で、店内には純金が時価で数千万円もあったとしたら。

 その場合はかならず決裁者と執行者を分離すると教科書で教えられます。店長が業務上、純金の在庫を金庫から出したり入れたりしなければならないとしたら、鍵は別のもうひとりの責任者が管理して店長が出し入れするたびに許可を与える必要があると教えます。

 そしてこの原則は、会社がどれだけ店長を高く評価していたとしても変えてはならないとも教えます。理由は、どんな従業員でも状況が変わることで犯罪に手をそめるリスクは変わりうるからです。

 たとえば会社は知らないけれども店長が転職活動に成功して3カ月後には会社を辞める予定になっていたとします。実は不正はこのような状況下で起きやすいことが知られています。そして状況が変わったことは会社にはわからない。

 ですから、経営にとって重要な事柄について常にひとりの管理者に全権を与えてはいけないのです。

制度を設計・運用した人の
責任は重い

 この問題をお読みになった方は、すぐにこの問題が三菱UFJの問題と類似した条件であることにお気づきだったと思います。

 記者会見で明らかされたことですが、三菱UFJ銀行では合鍵の管理者と、貸金庫の管理者が同一人物になる仕組みを作っていました。結果、容疑者である行員は自分が管理をする鍵を持ち出して、自分で貸金庫を開けて中のものを盗むことができたのです。

 ちなみに枝葉の論点ではありますが、その合鍵が顧客の印鑑で封がされていたことも時代錯誤だと指摘される可能性があります。昔と違い印鑑は印影さえ手に入れば複製できます。

 実際、私も自分の大切な印鑑の印影でゴム印を作っていて、それで事務作業の生産性を上げています。いちいち朱肉を取り出したり印鑑をふいたりしなくてよくなったのでとても便利です。

 それを悪用できる立場にいる人に全権を与えた結果、犯罪行為が起きた訳です。

 教科書を読んでいれば誰でもわかる欠陥を、記者相手なら「少しだけ不十分」で済ませられるかもしれないと考えた認識自体が甘いのです。

 三菱UFJがもし株主から提訴されることになっていた場合には、銀行側では第一にこの制度を設計・運用した人が責任を追及されるでしょう。

 そしてもうひとり、大きな責任を問われるのは実は半沢淳一頭取ではありません。