文部科学省が推進する「GIGAスクール構想」により、現在は全国の児童・生徒にPCやタブレットがほぼ普及している。ICTなどの先端技術を効果的に活用した教育環境の実現を目指して進められたこの取り組みだが、実際に子どもたちにとって良い影響は出ているのだろうか。教育経済学者である中室牧子氏は、著書『科学的根拠(エビデンス)で子育て』で、「多くの研究者は『子どもたちに1人1台のPCを配ること』を目的にした政策のほとんどは失敗した、と評価している」と述べている。では、デジタルデバイスは一体どのように活用するのがベストなのだろうか。国際的に権威ある学術雑誌に掲載された信頼性の高いエビデンスに基づいて書かれた本書の内容をもとに解説する。(文/神代裕子、ダイヤモンド社書籍オンライン編集部)

科学的根拠(エビデンス)で子育てPhoto: Adobe Stock

生徒1人1台PC・タブレット支給の効果は?

 コロナ禍でオンライン授業が行われたこともあり、学校から生徒1人ひとりにPCやタブレットが支給されるようになった。

 しかし、必ずしもそれらを使わなければ勉強ができないわけでもないことを思うと、「その端末、本当に学校で必要?」と感じたことがある人もいるのではないだろうか。

 こうした取り組みは、日本のみならず世界でも多くの国が行っており、日本は世界と比べると遅れて始まっている。

 しかし、海外の政策を見ても決してうまくいっているとは言えないようだ。

実は、コロンビア、チリ、ルーマニア、ペルー、スウェーデンなどで行われた政策は、子どもたちの学力向上には何らの効果がなかった、あるいは学力を低下させたことがわかっています。なかでもルーマニアでは、子どもたちの成績が下がり、ゲームに興じる時間を増やし、それまでは定着していた読書や宿題をする時間が短くなってしまいました。(P.233)

 大人である我々も「スマホ中毒」という言葉があるくらい、デジタルデバイスに心を奪われてしまっている人は多いのだから、子どもたちが同じような状況になるのも当然である。

「そもそも、こうした政策において、PCを配ることは手段の1つにすぎず、本来の目標は子どもたちの能力を高めることだったはず」と指摘する中室氏。であれば、一体どうすれば良いのだろうか。

デジタル教材で、1人ひとりに適した問題を提供

 最近の研究で注目を集めているのが、デジタル教材や教育用ソフトウェアの利用だ。

 これらの教材の特徴は、「アダプティブラーニング」といって、子ども1人ひとりに適した問題や教材を次々に自動的にレコメンドしてくれるところにあるという。

たとえば、算数の授業でドリルを解くときも、これまでであれば全員に紙のプリントが配られて、全員が同じ問題を解くしかありませんでした。しかし、今やPCにインストールされているデジタル教材によって、それぞれの子どもの理解度に応じた問題が出され、瞬時に採点ができるというわけです。1人の教員が30人以上の子どもたちに同時に目配りをしなければならない従来の状況と比較すると、教員の負担を減らし、生産性を高めることも期待できます。(P.234-235)

 インドで行われた実験では、1人1台のPCに「マインドスパーク」というアダプティブラーニングを組み込んだデジタル教材を用いたときの、小・中学生の学力への効果を測定した。その結果は次の通りだ。

たった3か月間、週に6日、1日あたり45分ほどの利用で、算数・数学の学力テストの偏差値が6.0、国語が3.9も上昇したことが示されました。(P.236)

 このように、アダプティブラーニングには、子どもたちの学力向上に大きな効果があるのだ。

学力を伸ばすポイントは習熟度に合った指導

 なぜ、アダプティブラーニングにこのような効果が出るのか。

 中室氏は「子ども1人ひとりの『習熟度に合った指導(teaching at the right level)』が実現できているからだと考えられる」と指摘する。

日本では「個別最適化」と呼ばれることもあります。2019年にノーベル経済学賞を受賞したマサチューセッツ工科大学のエスター・デュフロ教授を中心にすでに相当の研究蓄積があり、子どもの学力を高める大きな効果があることがわかっています。(P.237)

 つまり、PCを用いることが重要なのではなく、PCを使って「習熟度に合った指導」をすることが鍵となっているということだ。

 もちろん、習熟度に合った指導は、必ずしもPCを使わなければ実現できないわけではない。

 ただ実際問題として、30人程度の生徒を相手に、教員一人で全員の習熟度に合わせた指導を行うことは難しいだろう。

 そう考えると、アダプティブラーニングは、「習熟度に合った指導」を簡単に実現できる、便利な方法と言える。

重要なのはデジタル教材を活用して指導する教員の存在

 では、PCやタブレットと、アダプティブラーニングを組み込んだ教材があれば、教員は不要かというと、決してそんなことはない。

 パキスタンで行われた、動画とデジタル教材の効果を検証するための2つの実験がある。

 1つは通常の授業の中で、教員が主導して動画とデジタル教材を用いることの効果を検証する実験だ。

 もう1つは、生徒に動画やデジタル教材が含まれたタブレットを渡し、休み時間や家庭での自習に利用することの効果を検証した。

 すると、驚くべきことに、前者の実験では生徒の学力テストの偏差値は3.0も上がったのに、後者の実験では逆に4.3も下がってしまったという。

つまり、動画やデジタル教材は、適切なガイダンスなしに、ただ単に子どもたちに与えるだけでは害をなす可能性が高いと言えるでしょう。教員の役割は重要であり、教員が積極的にかかわり、動画やデジタル教材を活用することで、それらが効果を発揮すると考えられます。(P.241)

 結局は、子どもの学力向上にはデジタル教材が必要なのではなく、それを使いながら適切に指導する教員が必要ということだ。

教員が意欲的に働ける環境づくりを考える

 中室氏は、「こうした過去の研究を大胆に要約するとすれば、結局、教育の核を為すのは教員であり、教員の指導力こそ重要だということではないでしょうか」と指摘する。

 だからこそ、「教員の指導力を高めるような政策に対して、もっと積極的に投資していくべきではないか」と語る。

 しかし、現在の日本において、教員は非常にブラックな仕事と言われており、成り手がどんどん減っている状況にある。だからこそ、中室氏は次のように提言する。

教員が意欲的に働くことができるような処遇や環境とはどのようなものかについてもしっかり考える必要があります。(P.247)

 子どもたちの学力向上にも直結している問題として、もっと我々も真剣にこのことを考えていく必要があるのではないだろうか。