記憶力や地頭の良さはあるのに
簡単な書類の記入ができない

 まず、瑠衣さん、申請用紙のひな型を前に、ペンが1mmも動かない。寝てんのかと思うも、きちんと目は開けている。そうして悩みに悩んだ挙句、自分の氏名を書く欄に郵便番号を書き始めるのをすぐ指摘すると、再び考え込むようにじっと記入用紙を見て固まってしまった。

 あまりに長い沈黙と、一文字も書き進まない記入用紙に、何だか自分が拷問や尋問をしているような気分になり、どうしたのかを聞くと、「枠が多すぎて、どこから何を書けばいいのかわからない。それぞれの欄に何を書けばいいかわからない」

 と、消え入るような言葉で返してくる。ならばどうすれば書けそうなのかを聞くと「記入すべき場所と空欄でいい場所を鈴木さんが判断し、記入箇所ごとに鈴木さんが指さして、何を記入すればいいか教えてほしい」といったようなことを答えた。

 何だか申し訳ない気持ちになったのが強く記憶に残っているが、やはり同時に疑問も大きく湧き上がった。どうして、たかがこれくらいの書類の記入がこんなにも困難なのだろう?

 うつ病としてかかり続けていた精神科からの診断は統合失調症へと切り替わり、かなり大量の処方薬を常時服用していた彼女だが、取材を通じてかなり知的スペックが高い印象、特に言語能力に長けた印象なども受けていた。

 自身の過去を話す際のエピソードは緻密で詳細、かつ話す言葉選びが巧みで、何より再現する他人の言葉や口調の再現力などがやたらに高い彼女を見て、記憶力や地頭の良さを感じ続けていた。

 さらに、その時記入に挑戦した申請用紙は、行政の作るものとしてはかなりわかりやすく整理された、シンプルな部類のものだった。

 にもかかわらず、彼女はどうしてこんなにも書類を前に固まってしまうのだろう?

 結局、瑠衣さんは同居していた親戚との諍(いさか)いなどもあって、生活保護申請作戦は頓挫。

 その後、2年余りも音信不通になった後、精神科病棟への入退院を繰り返した後に精神科デイケアの絡みで出会った男性と結婚して窮状を脱したのだと、そんな連絡を律儀にしてくれた彼女だった。無力感ばかりが残った取材だった。