生活習慣を変え、睡眠衛生を整えると睡眠の問題が改善できるケースはかなり多い。睡眠薬の使用は慎重であるべきだと思う。
しかし、「眠れなくてつらい」という思いが繰り返し蓄積されるのは、とてもよくない。そうした、ネガティブな学習を断ち切る必要はある。どうしても不眠が続くならば、睡眠薬は有用だ。そうした、「自分は眠れた」という経験を得るために睡眠薬は使うべきで、「自分は眠れる」という成功体験を積んだら、服用はやめるべきだ。睡眠薬はあくまで補助的なもの。睡眠薬は脳に働くものであり、本来、気軽に飲むべきものではないし、処方すべきものではない。
ベンゾ系の睡眠薬が
脳へ与える危険な影響
現在、不眠症などの睡眠障害の治療でもっともよく用いられているのは、「ベンゾジアゼピン系」と「非ベンゾジアゼピン系」の睡眠薬だ(以降、まとめて「ベンゾ系」という)。細かくは異なるが、両者の作用機序はほぼ同じ。いずれも抑制系の神経伝達物質GABAの受容体に作用し、その働きを強めて睡眠を誘導する。
ベンゾ系が登場するまで使われていた「バルビツール系」の睡眠薬のように大量に服用しても呼吸停止から死に至ることはないため「安全性が高いよい薬」と認識され、不眠症治療薬の主流となっている。
確かに大量服用しても「死なない」という意味では安全かもしれない。しかし、ベンゾ系の薬によってもたらされた眠りは、脳波を測ると正常な眠りとはかなり異なっている。麻酔で意識がなくなっているときのような、脳全体の機能を落とすような眠り方で、またレム睡眠の量も少なくなる。
ただ、薬を飲むと「眠くなってきた」という明らかな実感が得られ、それが睡眠に悩んでいた人には大きな満足感をもたらす。しかし、本来の睡眠はそういうものではない。いつもの時間にベッドに入って、知らず知らずのうちに眠っている、というのが健康な入眠だ。
また、ベンゾ系の睡眠薬が脳へ与える影響は少なくない。
GABAの受容体は脳内に約200億個と数多く存在し、記憶や運動などにかかわる脳の働きにも関係している。薬の影響は脳の広範囲に働き、たとえば、運動機能や平衡感覚の調整をつかさどる小脳の機能を阻害する。
睡眠薬を飲んだあとフラフラしたり、服用した高齢者が夜間、目覚めたときに転倒してしまったりといったリスクがある。アメリカなどでは服用後の運転による事故が大きな問題となっている。