「きっと○○さんがやると言うだろう」

 多分こう考えるわよね。そして、もうおわかりでしょうが、○○とはアナタのことよ。誰も名乗りをあげなければ、きっとアナタがイラっとしながらもやるに違いない。そう思われているの。だから誰もやろうとしない。そして、案の定アナタがやり出すのよね。

 つまり、アナタの言動によって、周囲の言動が決まってくるの。だから、アナタの言動を変えればいいだけよ。この場合だと、アナタが決して幹事をやらなければいいだけ。周りがやってほしそうにしても、気にしない。誰かが「○○さん、やらないの?」なんて振ってきても、「毎回私がやっているから、今回はやめておくね」とでも言えばいいの。

 しびれを切らす必要もないわ。新年会ならば、やらなくても別にどうってことない。それぐらいの気持ちで、アナタも誰かがやろうとするのを待っていればいいのよ。そうすれば周りの対応も変わってくるわ。他の誰かがやると言うかもしれないし、このまま新年会がなくなるかもしれない。それはそれでいいじゃない。少なくともアナタがやって当たり前にはならないし、そのことでアナタがイラっとすることもないわよね。

 でも「新年会がなくなるのも、宙ぶらりんになるのも嫌だ。それぐらいなら自分がやる」というのであれば別にやってもかまわないわ。この場合は自分が納得しているから、なし崩し的にアナタがやる場合よりはイラっと来ないでしょう。つまり、これは周りの問題ではなく、アナタの「自分軸」の問題なの。

「他人の評価」を軸にして
自分の行動を決めるのはNG

 自分軸とは、「自分が納得して自分の行動を決めること」。対する他人軸は、「他人の評価を気にして行動すること」。他人軸で行動する人は、行動する時に「自分の気持ち」は後回しなの。つまり、自分の気持ちを抑圧して生きることになるから、ストレスもたまり、幸福感もなかなか得られないのよ。