先日、大手の口コミ飲食店評価サイトに「まずい、出てくるのが遅い」などと書き込まれたことで客が激減したとして、レストラン店主がサイト運営会社を訴えたことがニュースになりました。有象無象の情報が氾濫する時代だからこそ「口コミ」的な情報をより信用する、という現代の側面も感じられます。
ネガティブな情報だけでなく、もちろんポジティブな情報もそのインパクトが大きければ大きいほど口コミは加速度的に広がっていきます。
サービスの質で「伝説」にまでなった高級百貨店での経験をまとめたベストセラーが今回の一冊です。

取り扱いのないタイヤの返品・返金に対応?
ノードストロームの伝説的なエピソード

 ノードストロームといえば、米国シアトル市に本部がある高級百貨店として知られています。お客が求めれば自店で販売していない商品も直ちに取り寄せてくれるし、一度洗濯してしまった衣類でもお客が気に入らなければ返品に応じるなど、他店にはないサービスをいち早く導入し、よく訓練された販売員が心温まる接客を通じてユニークで素晴らしい買い物の経験をさせてくれる「高品位のカスタマーサービス」が売り物です。

「誰かに話したくなる特別な体験を」<br />伝説のサービスを生んだ顧客第一主義ベッツィ・サンダース著、和田正春訳『サービスが伝説になる時』
1996年8月刊行。原書のサブタイトルは「Ordinary Acts, Extraordinary Outcomes(普通の行為、並外れた成果)」。翻訳版のサブタイトル『「顧客満足」はリーダーシップで決まる』は、本文の重要なポイントをより汲み取ったものになっています。

 そんな高級デパートにパートタイムの販売員として雇われたベッツィ・サンダースは、7年後には副社長にスピード昇進。その後コンサルタントとして独立し、本書(原題は『FABLED SERVICE』)を著しました。1996年に日本語翻訳版『サービスが伝説になる時』の初版が出版されると、折からのCS(顧客満足)ブームも手伝って、本書はたちまちベストセラーの仲間入りを果たしました。

 当時、経済誌の記者として百貨店・スーパーなど流通業を担当していた筆者の周囲でも、ノードストローム詣でに沸く関係者が後を絶たず、また、著者のベッツィには日本から講演のオファーが殺到したそうです。

 ノードストロームにおいては、いくつもの伝説的なサービスが都市伝説として語り継がれていますが、わけても「タイヤ伝説」はよく知られています。とある日、アラスカ州アンカレッジの店舗に男性顧客が自動車用タイヤ4本を転がしながら来店しました。そもそもノードストロームはタイヤを扱っていないので、このタイヤもノードストロームが販売したものではなかったのですが、男性客はそのことに気付かず、返品と返金を要求しました。これに対して、ノードストローム側は返品に応じ、「現金でお返しいたしましょうか、それともクレジットにしましょうか」と答えたというのです。

 じつを言うと、このタイヤ伝説の真偽のほどは定かではありません。確かなのは、「ノードストロームだったらそういうことがあってもおかしくない」と顧客たちの多くが受け止めたことです。その結果、このエピソードは「真実の物語」として、ノードストロームを語るうえで切っても切れないものになったのです。

 日常を超えた特別なことが目の前で起こったら、人はそれを誰かに話したいと考えるのです。人に話すことで、顧客はサービスを提供してくれた人の特別な態度を称賛すると同時に、そのサービスの対象になった自分に対しても誇りを感じるのです。……顧客が誰かに話したいと考えることは、顧客が求めていることだと考えられます。また顧客が受け取るサービスは、それを提供する企業内で行われている社内サービスの表れであると考えられます。(30~31ページ)

 サービスとは一言でいえば、私たちが何をするかではなく、私たちが何であるかということなのです。顧客と接する際の態度には、皆さんの“人となり”全てが反映されてしまいますから、サービスそのものが“生き方”になっていなくてはならないのです。(49ページ)