城西園にも代理人弁護士が就き、本件の解決について協議が行われた。城西園の代理人からは解決金について話し合いたいとの提案がなされたため、私は城西園の代理人も解雇は無効だと思っているのだと受け止めた。
しかし、城西園側から提案された解決金は、たったの20万円であった。木村さんの1カ月分の給与にも満たない金額である。勝手に犯罪者だと決めつけて解雇しておいて、なんと不誠実な使用者なのだろうか……。代理人の見識も疑われるところであった。
早期解決を望んでいた木村さんと相談の上、労働審判を申し立てることとした。労働審判の中では、城西園側もさすがに「逮捕勾留されたから解雇した」などという主張はしなかったが、「他の乗客とトラブルになった」といった程度の解雇理由を挙げてきた。
そんなことで解雇されたらたまらない。当然、労働審判委員会の心証は解雇無効とのことであった。それでも城西園は解決金を値切ってきたが、一応木村さんも納得出来る水準の解決金での退職和解となった。
「逮捕されたのだから犯人だろう」
「起訴されたのだから有罪だろう」
特に日本で生活していると、その感覚は強いかもしれない。

しかし、実際には数多くの冤罪事件が存在し、冤罪被害者は謂れのない疑いをかけられて苦しんでいる(編集部注/令和6年版『犯罪白書』によれば、年間の逮捕者数約80万人のうち、有罪判決を受けた者は4割弱にとどまる)。
刑事手続の中では関与する専門家が気をつければよいかもしれないが、それ以外の場面においても、本件のように推定無罪原則を理解しない対応によって人の人生を大きく左右してしまうこともある。
くれぐれも、使用者の皆さんには軽率な対応は慎んでもらいたい。そして、法曹モノのドラマでは、これまで以上に推定無罪原則を丁寧に描いてもらいたい。
なお、木村さんは別の社会福祉法人で元気に働いている。