「壁打ち」から「羅針盤」へ

 部下側にインタビューをしてみると、1on1を「壁打ちの場」として使っている人が少なくありません。頭の中のもやもやを整理したり、考えを声に出してみることで、自分の気持ちが明確になるのです。

 さらに、1on1が仕事やキャリアの「羅針盤」になることもあります。自分の進む方向がこれでいいのか、価値観と一致しているのかを確認できる、そんな場です。

「自分は5年後に海外で働きたい。そのために今、何をすべきか?」

 キャリアに関する問いを部下が持ち、上司と共有できていると、日々の仕事にも筋が通ってきます

 上司も「それなら、ファシリテーション経験ができる仕事をお願いしよう」というように、仕事のアサインもしやすくなります。

まずは「感情を整える」

 よく「リフレクション(内省)」という言葉が使われますが、重要なのはその「質」です。

 成功した/失敗した――この結果だけを見て終わるのではなく、その時の感情・背景・行動の因果を言語化することが大事です。

 リフレクションを正しく行うには、感情を沈める時間が必要です。

 たとえば、上司の指示対して感情的になる部下がいたとします。少し時間を置いて、「なぜあの時あんなに怒ったのか?」と見つめ直すと、「自分の努力を認めてほしかった」「納得のいく説明がほしかった」といった部下の本音にたどり着けることがあります。

 このとき上司が「そう感じたんだね」と受け止めつつ、「別の方法があるとしたら?」「他の人だったらどうしたと思う?」といった質問をすることで、過去の出来事を「意味づけし直す」ことにつながります。

「やらされ感」が成長を止める

 人は、自分の今の実力よりも少しだけ高いハードルに挑戦したとき、最も成長します。これを「ストレッチ課題」と呼びます。

 でも、そのストレッチに「やらされ感」があると、ストレスで終わってしまう。

 だからこそ、その前後に1on1で対話を入れる――。

「なぜ今この課題なのか」「自分はどう向き合うか」を言葉にするプロセスが必要なのです。

 挑戦の経験が、自信と誇りに変わるか、ただの消耗で終わるか――その違いは、上司の関わり方で決まると言っても過言ではありません。

 そして何より、リフレクションで大切なことは、「気づき」で終わってはいけないということです。

「次はこうしよう」「今度は別のやり方で試してみよう」と、行動に落とし込むところまで伴走すること。それによって、経験が単なる思い出ではなく、次のチャレンジへの「燃料」になります。

 1on1を通じて、部下が経験を言語化し、意味づけし、自分の力に変えていく。そのプロセスを支えるのが、考えさせるコーチングです。

 そして、それが続いていくと、「学びを日常にする」文化そのものが組織に根づいていくのです。

(本記事は、『増補改訂版 ヤフーの1on1 部下を成長させるコミュニケーションの技法』に関連した書下ろし記事です)

永田正樹(ながた・まさき)
ビジネス・ブレークスルー大学大学院助教/立教大学経営学研究科リーダーシップ開発コース兼任講師/ダイヤモンド社HRソリューション事業室顧問。1962年生まれ。1990年ダイヤモンド社入社。2005年同社人材開発事業部部長。2015年ダイヤモンド・ヒューマンリソース取締役兼任。2021年北海道大学大学院経済学院現代経済経営専攻・博士課程修了。2022年より現職。博士(経営学)。専門は人的資源管理。日本労務学会賞(研究奨励賞)受賞。主な論文に「部下育成のためのリフレクション支援:成功事例失敗事例の質的分析」(『人材育成研究』第16巻1号)、「リフレクションを中心とした経験学習支援:マネジャーによる部下育成行動の質的分析」(『日本労務学会誌』第21巻6号)ほか。著書に