日本の半導体を巡る産業政策は、この「甘利史観」ともいえる認識に基づいているといえよう。要は、国際競争力のある半導体製品を擁する半導体メーカーの育成よりも、海外企業から発注を受けて先端半導体を作る工場の存在こそが日本の経済安全保障上も産業競争力上も大事だという考え方だ。
本当にそうだろうか?
確かに米中の分断が高まり、国際法を無視した武力行使や領土侵害が頻発し、安全保障の観点からはむしろ、先端半導体の物理的な生産能力が台湾に集中し、自国に先端生産能力がないことのリスクは世界各国が認識している。しかも、回路の微細度が5ナノ以下の微細な最先端半導体は甘利が言うように、ほぼTSMC1社に世界中が依存している。
だから米国も2022年に発効した「CHIPS・科学法注(注2)」によって約530億ドル(約8兆円)の公的支援で米国内での半導体工場新設を推進。欧州連合(EU)も2023年に「欧州半導体法」を施行し、約7兆円の補助金を加盟国政府が投入し、欧州製の半導体販売額シェアを現状の1割程度から2030年までに2割程度に上げる政策を打ち出した。
需要なき先端工場の建設が示す
ニッポン半導体戦略のミス
ここで忘れてならないのは米国には半導体製造受託の需要がふんだんにあるという現実だ。
2024年に販売額と時価総額の両面で半導体の世界王者になったエヌビディアを筆頭に、クアルコム、ブロードコム、アドバンスト・マイクロ・デバイセズ(AMD)と、ファブレス半導体メーカーの大手がひしめく。各社とも先端品の製造はTSMCに依存しており、仮に米国内に代替の製造能力が確保できるなら喜んで発注するだろう。
アップル、グーグル、アマゾン・ドット・コム、マイクロソフトなど巨大IT企業も、自社のスマホや、クラウド・サービス用のデータセンター、さらにはAI基盤用のデータセンターなど向けに自社で半導体を設計し、TSMCなどに製造を委託している。彼らにとっても、リーズナブルなコストで先端半導体を作れる米国内の工場は喉から手が出るほどほしいのだ。