顧客本位の構造改革、前向きな再建策
そして全社員に配られた「小さな赤い本」
カールソンは、サービスそのものとサービスを担当する最前線の従業員こそが、成功への鍵だと確信したのです。そしてその鍵を回すために機構の改革に着手し、従来のピラミッド型組織を破壊して顧客本位の企業につくり替えていきました。顧客のニーズに直接、かつ迅速に対応するために階層的な責任体制を排除し、管理責任は役員室から現業部署に委譲され、そこでは従業員ひとりひとりが各自の業務の管理者になりました。
ピラミッド機構を崩した企業では、従業員ひとりひとりの自負心を高めることが、ことのほか重要である。古い階層的機構の企業では、役職、肩書、給与といった、権限に関連するものを重視する。階層的機構内での“昇格”は、多くの場合、能力のある人間を重要な職務から外して閑職につけ、給与額を上げることを意味している。きわめて有能な社員が、単なる上層部の意思決定伝達役におさまってしまうことが多い。……階層的機構を崩した企業では、“昇進”が必ずしも地位向上というわけではない。私は従業員に、たとえ高い地位につきものの肩書などがなくとも、何か重要な責務を課せられたときは事実上の昇格だと考えるように求めた。……要するに、最も実質的な報奨は、自分の仕事に誇りをもてることだ。(161~162ページ)
カールソンが示した経営再建策は、運賃値下げやコスト削減といった後ろ向きのものではなく、エコノミークラスの料金でファーストクラスのサービスが受けられる“ユーロクラス”の新設でした。この施策は大成功を納め、たちまちSASはヨーロッパで最も正確に時間を守る航空会社になり、他の国際航空会社が記録的な赤字を出している時期に、わずか1年間で黒字経営に転じたのです。
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組織改革に先だって、カールソンら経営陣は2万人の全社員に『果敢に挑戦しよう』というタイトルのついたA5判の赤い表紙の小冊子を配布しました。やがて社員たちが“小さな赤い本”と呼ぶようになったその小冊子には、取締役会と経営幹部が共有する経営ビジョンと目標が非常に簡潔な言葉で記されていました。どのページを開いても数語の短い言葉が並んでおり、それらの言葉に飛行機が笑ったり、しかめっ面をしたり、急降下しながら両翼で目をおおっているイラストレーションが添えられているだけでした。その狙いについて、カールソンは「全社員にその目標を理解してもらいたかったし、通達過程で内容が歪められる危険を避けたかった」と回想しています。
再建戦略がもたらした最も意義深い成果は、従業員の意識の変化だった。サービス本位の企業に変身して増収を図るという宣言が、スカンジナビア航空の根本的な社風変革の発端になった。従来、経営幹部の職務は、投資や管理、運営に限られていた。サービスは、企業機構の末端の従業員が担当する分野で、副次的業務だった。それがいまや役員室からチェックイン・カウンターまで、全社を挙げてサービス向上に取り組んでいる。(38ページ)