毒舌ライターに生まれた気持ちの変化
開沼 磯部さんは、そういったレポートやルポのような瞬発力系の仕事をされる一方で、じっくりと歴史を掘るような仕事もしていますよね。例えば、HIPHOP・ラップの歴史が知りたいと思ったとき、日本のラッパーの歴史が系譜としてまとめられているもので一番読みやすかったのは、『ヤンキー文化論序説』(河出書房新社)の磯部さんの文章でした。もちろん、磯部さんが書かれた以外の文献もいくつか読みましたが、ラップが好きなことはわかるんだけど、それを知らない人、興味がない人にもわかる形では文章化できていないんじゃないかという感覚を覚えました。
僕は専門家ではないからそう思ったのかもしれませんが、例えば、日本におけるラップの歴史は、誰かが文章にすることによって歴史として共有され、残るわけです。磯部さんがいなければ、客観的な音楽批評家としてラップ史をまとめる人がいないかもしれず、時間とともに消えていってしまうのかもしれません。例えるなら、いまは興味がない人や、「あのときは、どんな文化があったんだろう」と知りたい未来の人への「通訳」のような機能を果たしているのではと思います。磯部さんご自身は、自分の役割は何だと思っていますか?
磯部 その時々、やりたいことは変わっています。音楽ライターを始めた頃は、毒舌ライターというキャラクターで通っていました(笑)。
開沼 それは、ライブを酷評するとか?
磯部 そうです。例えば、2000年頃、Shing02というラッパーのライブを酷評したことがあります。彼は不良系というよりは、インテリなタイプのアーティストで、ネットで非常に人気が高かったこともあって、見事に2ちゃんねるで炎上して。開沼さんの炎上と違ってスケールは小さいですが(笑)。
最初の単行本『ヒーローはいつだって君をがっかりさせる』(太田出版)も、当初のオファーは、酷評した原稿だけを集めた本をつくりましょうというものだったんですよ。でも、その頃には、有名なアーティストをこき下ろすよりは、知られていないアーティストを紹介することに興味が移っていて、だから、結果的に、当時のアンダーグラウンドな音楽シーンをレポートするような本になりました。
開沼 なるほど、いつか大人になるものなんですね(笑)。それは2000年代半ばくらいのお話ですか?
磯部 単行本が出たのは2004年です。
興行師として盛り上げたサブカルの世界
開沼 そして、仕事の軸足をいわば「ジャッジメントからスカウティングへ」と移行していくわけですが、それは非常に重要な転換点だったのではと思います。実際にそこに存在していたのにもかかわらず、社会の周縁にあるが故になかったことになってしまうもの。あるいは、経過する時間の中でそうされてしまうものを拾い上げて社会の中に位置づける。
批判・批評とは、価値判断をすることもそうだけれども、いまだ価値が定められていないものを拾い上げて、知らなかった人もそこにアクセスできるようにコーディネートすることにこそ、より重要な意味があるのかもしれません。それを誰かがやらなければならないと思います。
磯部さん自身には、自分がそういう部分を担わなければという使命感はあったんですか?それとも、他の人がやっていないことをやっていこうという気持ちの中で自然とそうなったのか?
磯部 当時は、自分も若くて、書き手としてのエゴも強かったので、ニッチなことをやりたいという気持ちもあったのかな。あるいは、真実を解き明かすよりも、でっちあげることに面白さを感じていました。
例えば、MSCという新宿を拠点に活動するラップのグループがいるんですが、彼等の「新宿アンダーグラウンド・エリア」(作詞:KAN、TABOO1)という曲に、イラン人との抗争のシーンが出てくるんですね。「CRUのマーボが手にした道具は空のビール瓶 何も知らずに笑顔でやってきたイランの額目がけて タイミングよく振る渾身のフルスイング」みたいな、結構ガラが悪い感じで(笑)。
それまで、日本では、そういう裏社会をテーマにしたラップってあまりなかったんで面白いなと思って、彼らを紹介する記事でも「本当の職業は言えないが……」とか、妄想をかき立てるようなことを書いたり。
開沼 なるほど(笑)。実際のところは?
磯部 「新宿アンダーグラウンド・エリア」には、不景気に喘ぐサラリーマンを鼓舞するようなリリックもあるので、実際は良い人たちだと思うんですよ。でも、そういう面は一切無視して。
その頃って、音楽雑誌が売れなくなった一方で、実話誌が売り上げを伸ばしていた時期じゃないですか。いま思えば、僕の、不良のミュージシャンについて煽り気味に書くやり方って、その後の実話誌の典型的なパターンです。僕も必然的に『実話ナックルズ』(ミリオン出版)みたいな媒体に寄稿するようになりました。
開沼 意図的に煽っていたんですね。
磯部 エンターテイメントとして、アンダーグラウンドをハードボイルドのように仕立て上げるというか。
開沼 なるほど。ある種、興行師的な意識もありましたか?
磯部 ありましたね。