医療現場と社会とのギャップ

山本 私が医学部を卒業したのは1999年ですが、その前後から医療費を下げるだとか、国立大学を法人化しよう、医学部教育を変えようといった動きが活発化してきて、医療業界に変化が見られはじめました。医療崩壊という言葉が出たのもこの頃で、患者さんだけでなく私を含む現場スタッフも不安や不満を抱えている状態でした。病院の中にいて幸せな感じがしないのは、なぜなんだろうかといつも思っていました。

 必死になって勉強してやっと医師になったのに、仕事をしていてハッピーじゃないのはおかしいし、改善すればもっと効率が良くなるのにと思える業務も多かったんです。先輩方にどうしてこんな状況が続いているのかと聞いても「しかたがない」という言葉しか返ってこない。そのことにとても疑問を感じていました。

 しかし日本の医療制度は世界でもトップクラスですよね。例えばWHOが発表した健康達成度の総合評価。これは健康寿命、健康寿命の地域格差、患者の自主決定権や治療への満足度などの達成具合、地域や人種などによる患者対応の差別の程度、医療費負担の公平性といった項目でチェックされますが、2000年に発表された数値だと日本は世界1位です。マスコミは日本の医療費が高いと煽るけれど、GDPに対する医療コストも優等生です。

山本 改善点があるにせよ日本の医療制度はとても優れています。それに、一度良い面を体験したもののレベルを下げるのは、とても難しいと思うんです。でも優れているからこそ、これまでの水準を維持できないだろうというアンチテーゼとして“医療崩壊”という言葉が使われていると言えるでしょう。しかし一方で、世界で1位といわれても内部の人間には実感がほとんどありません。

 やはり大変なお仕事ですからね。関係者の犠牲によって支えられている面もありませんか。

山本 苛酷な労働条件の下では医師の使命感が頼りというところもあります。だからありがたさよりも、むしろ疲弊感のほうが充満していると思います。