半分寄付・半分投資の「セキュリテ被災地応援ファンド」を通じて、約10億円の資金を東北の事業者にもたらしたミュージックセキュリティーズ。その始まりは、ミュージシャンの制作活動を支援するために12年前にスタートした「音楽ファンド」にあったといいます。ミュージシャンの創作活動を、レコード会社ではなくファンのお金で支える音楽ファンドに込められた「意味」、そしてそこで培われた仕組みが事業者を応援するプラットフォーム、すなわち「場」づくりと結びつくきっかけをくれた劇的な出会いとは?(構成:齋藤麻紀子)

「支援」ではなく、「共闘」
ファンドの力で、ミュージシャンと一緒に勝負する!

――はじめて音楽ファンドを募集された2001年は、宇多田ヒカルさんなどがミリオンセラーを出していた頃です。音楽業界は活況だったように思えますが、なぜ一般のファンからお金を募る必要があったのでしょうか。

小松真美(こまつ・まさみ)
ミュージックセキュリティーズ株式会社 代表取締役
2000年12月ミュージックセキュリティーズを創業し、『もっと自由な音楽を。』をモットーに、こだわりを持ったインディペンデントなアーティストの活動の支援をする仕組みとして音楽ファンド事業と音楽事業を開始する。2006年より音楽以外のファンドの組成を開始し、現在は純米酒の酒蔵、農林水産業、アパレル、Jリーグチーム、再生可能エネルギー、地域伝統産業等190本超のファンドを組成する。2011年「セキュリテ被災地応援ファンド」、2013年「セキュリテエナジー」、「ソダッテ阪神沿線」プロジェクトを開始した。2013年、さらに多くの人、そして事業者に活用してもらうために、大阪に支社を設立。

小松 まず、レコード会社に所属していたとしても、次の制作が決まっていないアーティストはたくさんいます。彼らにかかるプレッシャーは、ハンパないです。
 次に、ミュージシャンは「売れる」作品を創らねばなりません。でも本当はもっと自由に作品づくりをしたいと思っています。そしてファンは、好きなアーティストに、継続的に、そして自由に作品を創ってほしいと思っています。

――元ミュージシャンの視点ですね。

小松 そうであれば、創りたいものを追求するアーティストと、その活動を支えるファンが「直接つながる場」があってもいいだろう、と思ったのです。

――業界が不況だからつくったファンドではなく、アーティスト本来の創作活動を行う「場づくり」をされたのですね。ファンの反応はいかがでしたか。

小松 2001年に第1回目のファンドを募集しましたが、すぐに集まりました。ファンの方も、「こんな応援の仕方があるんだ」とすんなり受け入れてくださったようで。1口1万円と小口で参加しやすかった、という意見も多くありました。

――これまでの成果は。

小松 これまでファンドを利用していただいたアーティストは40以上にのぼります。なかでも人気のアーティストは、総合オリコンチャートで3位の成果を残すことができました。

――ファン一人ひとりの力が、オリコン3位にまで押し上げたというのはすごいですね。しかし音楽ファンドの運営によって、小松社長の立場は、ミュージシャンから支援者に変わりました。迷いはなかったですか。

小松 うーん。実は「支援」しているつもりはないんですよ。昔も、いまも。

――どんな立場ですか。

小松 たとえば当社はレコード会社の機能もあり、ファンドで創った音楽作品の販売もしています。パートナーとして「アーティストと一緒に勝負している」という感覚ですかね。