アップルストアの大成功と、アメリカの百貨店チェーンJ.C.ペニーの大失敗をもたらしたのは、実は同じ人物である。小売のカリスマとして知られるロン・ジョンソンは、アップルストアを誰もが羨む高利益の小売に導いた一方、J.C.ペニーのCEOとして1年で13億ドルの赤字を出すに至り、昨年、17ヵ月という在任期間で解任された。彼の栄光と挫折を、ビジネスモデルの観点から比較してみよう。
体験を提供し、変わらぬ価格をつらぬく、
アップルストアのビジネスモデル
あのスティーブ・ジョブズとともに、アップルの成功を導いた立役者の一人に、アップルのリテール部門責任者であったロン・ジョンソンがいる。ジョブズがアップルに復帰した1996年、同社は主力の「マッキントッシュ」が、大手パソコン販売店からほぼ姿を消してしまったと言われるほど、惨憺たるありさまだった。
販売戦略を強化するため、アップルは2000年にジョンソンを小売部門の責任者に指名し、アップルストアを展開した。当時コンピュータの小売は、家電量販店を通してメーカーが自社製品を売ることが一般的であった。一方、デルコンピュータが低価格PCのネット直販で急成長し、新しい流れとして注目を集め始めていた時代でもあった。
そんな中、アップルが独自のリアル店舗販売ルートを展開するという戦略は、世間を驚かせた。ジョンソンは「製品を売るのではなく、顧客の問題解決のサポートをする」という理念のもと、細部に至る接客方法を立案管理し、アップルの大躍進を支えた。アップルストアは、10年で全世界に300店舗以上を展開し、従業員一人当たりの売上、また床面積当たりの売上げが、ティファニーを上回るところにまで成長した。
このアップルストアの成功を、ビジネスモデルの視点から見てみよう。
まず、プライシングの仕組みはどうであろうか。一般に家電製品は発売時に一番価格が高く、徐々に値下がりして行くが、アップルストアの場合は、価格は常に一定である。アップルの製品価格が他メーカー製品と比較して高いというわけではない。値引きや、セールをしないのである。
一定の価格での販売が成り立つには理由がある。アップルストアが提供しているものは、「アップル製品の販売」ではないからである。アップルは、世界中の学生、教育者、クリエイター、消費者をターゲットに、アップル製品と店員、店舗という総合資産を使った「ブランド体験」を提供している。
具体的には、「Genius Bar(ジーニアスバー)」と呼ばれる技術サポートコーナーの設置、専門家のアドバイス、購入前の無料試用、ソフトのインストールや希望に応じたカスタマイズの実施など、ブランド体験と顧客の問題解決をする場、サービスと、製品をセットにして提供しているのである。
製品単体の提供では、競合製品との価格競争に、直にさらされるであろう。しかしアップルストアは、「ブランド体験」という、家電量販店とは全く違う顧客価値を提供し、常に定価で販売することを可能にした。アップルの約40%以上の高い粗利率(2010年度~2013年度平均売上高総利益率)は、ジョンソンが確立したアップルストアのビジネスモデルが支えているのである。