『告白』『悪人』『モテキ』『バケモノの子』『バクマン。』などを手がけた映画プロデューサーで、初めて書いた小説『世界から猫が消えたなら』が120万部を突破し映画化。2016年も映画『怒り』『何者』など、次々と繰り出される企画が話題を集める川村元気。その背景にあるのは「“苦手を学ぶ”ことで、人間はぎりぎり成長できる」という一貫した姿勢だという。
そんな川村元気が、話題の新刊『理系に学ぶ。』では、「文系はこれから何をしたらいいのか?」をテーマに最先端の理系人15人と、サイエンスとテクノロジーがもたらす世界の変化と未来を語っている。
本連載ではその中から5人との対談をピックアップするが、第9回は、「統計学は最強の学問」と唱える日本初の統計家・西内 啓さんとの対談後半。

「目から鱗の統計学」を教えてもらえませんか?

川村 他に何か「目から鱗の統計学」はあるんでしょうか?
西内 本にも書いているんですが、ブッシュ政権下で2002年に成立したアメリカの教育制度で「落ちこぼれゼロ法」というのがあって、教育関係の分析結果を徹底的に収集したんです。そこで優秀な教師に成功報酬を与える取り組みをした結果、むしろ生徒全体の成績が悪くなったという事例が出たこともありました。

川村 似たような話だと、日本の映画業界でも「アメリカのチケット代は1000円程度なのに、日本は1800円と高すぎる。だから映画館に来る客が増えないんだ」というファジーな意見があって、あるエリアで1年間だけ試験的にチケット代を下げたんです。そうしたら最初は客足が増えたんだけど、1年間終わってみたらトータルの入場者数は実施前とほとんど変わらなくて、だから逆に収入は減っちゃったんです。いったい「代金を下げれば客が増える」って主張した人たちは何を根拠に…。
西内 そうですよね。

川村 「論より証拠」っていう言葉、本当にそうだなと。
西内 「こういう事実がありましたよ」という戦い方をしないといけないですよね。

川村 西内さんは口げんかになっても、絶対に論拠で負けないんじゃないですか?
西内 けんかはあまりしないですけど(笑)。ただ、警告をいくらしても不幸になっていく選択をする人はいますよね。

川村 確かに戦争なんかも、だいたい警告を聞かない人が始めますからね。
西内 戦争は統計的には、ほぼ大赤字です。あと、うちは子どもが1人いるんですが、早期教育でついたIQの差が大人になってからも続くことはほとんどないというデータもあります。

川村 早期教育の意味がないということですか?
西内 最近はIQよりセルフコントロールの概念を植え付けることが大事とされていて、自分を律することを覚えた子どもは、学校でのドロップアウト率や失業率や犯罪率も低いし、その後も豊かな人生を送ることができるというデータがあります。

川村 私立か公立か、みたいな議論も曖昧にやっていてはだめなんですね。
西内 僕はずっと公立育ちなんですよね。

川村 僕も高校までずっと公立だったんですが、小学校のとき、友達が中学受験をすると言って、突然一緒に遊べなくなったんです。彼は死ぬほど勉強して有名な私立中学校に行って、僕はヤンキーだらけの地元の公立中学校に進んだんですけど、数年後その友達と同じ大学で再会したんです。あのときはすごく複雑な気持ちになりました。
西内 全力が必ずしも最善ではないということを教えてくれるのが統計学です。