あたかも対立がないかのごとく、臭いものにフタをすると……

 “Common sense is not common practice”
(常識が常識的に実践されていることは少ない)

 これはゴールドラット博士の言葉ですが、なぜ、常識的なことを私たちはできないのかと言うことに対して、博士は、人の持つ本質的な人間行動によるものではないかと考察しています。博士は、それを3つの恐れとして、次のように指摘しています。

 (1)「複雑さに対する恐れ」が、複雑なシステムをサブシステムに分解するようにしむけ、全体の目的とは合致しない部分最適を追い求めるように経営者の関心を導いてしまう。
 
 (2)「未知に対する恐れ」が、より緻密な解決策に向かわせ、経営者の関心をノイズの中で最適化するように、さらに詳細に向かわせてしまう。

 (3)「対立に対する恐れ」が、絶えず好ましくない妥協に苦闘するように、人の関心をそらしてしまう綱引き状態を引き起こしている。

 私たちの日常の中でも、同じようなことを経験するがあるかもしれません。例えば、「複雑さに対する恐れ」から、複雑に見えるものごとをとりあえず分解して理解しようとしてしまいがちになり、結果的に本当はつながりがあるのに、あたかもつながりがないかのように活動して、つい部分最適の行動をしてしまうことはないでしょうか。

「未知に対する恐れ」から、不確実性に対処しようと、つい綿密な計画を立てることに熱心に取り組むあまり、本当は不確実なのにあたかも確実なように計画を立てるという過ちを犯してしまい、結果的に破たんしてしまうことはないでしょうか?

「対立に対する恐れ」から、周囲との和を乱したくないとうい思いで、つい妥協してしまい、本当に対立があるのに、あたかも対立がないかのごとくふるまい、臭いものにフタをしてしまうようなことはないでしょうか?

 根底にある対立は、フタをしたところで決してなくならないのは明らかです。根本問題を解消しない限り、フタの下にある対立や、それによって引き起こされるストレスは、むしろどんどん大きくなっていくかもしれません。そして、いつか大きな問題となって、暴発することもあるかもしれません。

 もしも思い当たることがあるのであれば、「思考プロセス」は問題解決の強力な武器になるはずです。

 ぜひ、主人公と一緒に問題解決に取り組むことで、楽しみながら「思考プロセス」の問題解決の手法を学び、実践していただければと思っています。