日本がケインズ政策に偏りやすいのは
財政赤字に対する外圧がなかったから

出口 ケインズ政策というのは、不況のときに政府が減税や公共事業を積極化し需要を増やすことを通じて、失業者や遊休資本を減らすことで景気浮揚を図るという考え方で、その財源として借金が容認されるのですね。

井堀 そうです。それが政府の社会福祉の思想と結びついて、不景気のときはとにかく政府が出動して何らかの形で失業者を救おうという財政運営をしてしまいがちです。
 こうした公共事業を軸に民間経済を支える政策を日本が重視するようになったきっかけは、1970年代後半のオイルショック以降に経済成長率が低下してきたことです。その傾向は、1990年代後半の金融危機などでいっそう顕著になりました。今やみんなが政府の需要創出に期待していて、借金を累増させても容認されるようになってしまった。直近のGDPや失業率が改善されれば、借金したっていい、将来は将来でなんとかなる−−−−そういう思想に行きすぎているのは問題です。

出口 なるほど、政府の中でケインズ的政策のウエイトが肥大し続けてしまったわけですね。
 政府の本来の役割として、原理原則からいえば2つのうちどちらが大事なんでしょうか。たとえばケインズが生まれた連合王国の政府は、今のキャメロン首相も含めて、景気が悪いときでも毅然として増税を実施しています。つまり、政府の2つの役割のバランスは大事だとしても、その「主従」ははっきりしていると思うのですが。

「財政赤字の拡大に対して日本が外圧を感じにくい国だった」と井堀利宏教授

井堀 さきほどマーストリヒト条約の話も出ましたが、英国に限らず欧州諸国は基本的にケインズ的な景気対策としての財政出動には抑制的です。マクロ経済が底割れしそうな場合は例外として、通常の景気対策であればあえてケインズ政策を大々的にやるよりは、労働市場の活性化を通じて潜在成長率を高めるなどの構造政策をとっています。日本がやや特殊で、ケインズ的政策に寄りすぎているんですね。

出口 日本はケインズを勉強しすぎたんですかね(苦笑)。

井堀 (笑)。ここまでケインズ的政策に寄りすぎた背景には、財政赤字の拡大に対して日本が外圧を感じにくい国だった影響があります。英国などの例外があるにしろ、EU(欧州連合)は単一通貨ユーロを導入したことで、各国の財政状況が伝播し合うぶんお互い健全な財政状況を維持しようというプレッシャーを受け合います。他方、途上国の場合は、財政状況が悪化してIMF(国際通貨基金)の援助を受ける際に、お金を借りる条件としてさまざまな課題克服を突きつけられますよね。
 ところが日本は、今までは貯蓄率も非常に高くて、財政赤字を出しても基本的に国内で消化してきたために国際的なプレッシャーを受けませんでした。これまでも何とかなったから、と財政規律は緩みがちです。
 ほかにも、米国のように地方分権が確立された国であれば、地方(州)ごとに受益=負担が徹底され財政規律を守るインセンティブがありますが、日本の場合は地方財政も最終的には国が面倒をみる仕組みですから、それも働きません。

出口 ただ、今後も外圧を受けないとは言い切れないし、いくらなんでも借金が増えすぎて受益と負担のギャップが開きすぎですよね。

井堀 はい、少子高齢化はますます進みますから、早めに手を打つ必要があります。しかし、あまりに財政状況が悪いぶん抜本策を打つには相当な覚悟が要るため、政治家も尻込みしているわけです。