「感情」を離れて、やるべきことに集中する

 感情から離れて、冷静になったら状況を分析します。

 たとえば、トヨタを辞めるとき、僕は不安と恐怖でいっぱいでした。孫社長に誘っていただき、エイヤッと「やります!」と答えたのはいいのですが、その後、いろいろ考えるとだんだん怖くなってきたのです。そこで、こんなことを考えました。

 なぜ、林要は怖がっているのか?
 これまで、トヨタで多少の実績をつみ、それなりのポジションも獲得した。そんな、将来を比較的見通すことのできる安定した生活を手放して、見通しの悪い新しい環境に飛び込むのが怖い。それに、ロボットは門外漢。林要に「できる」という確証はどこにもない。そして、Pepperの開発に失敗すれば、ソフトバンクに居場所はないだろう。だからこそ、トヨタという超安定企業の庇護下から飛び出すのは怖い……。

 では、転職しなかった場合のリスクは?
 何よりも、事後の後悔。心の底からワクワクするPepperのプロジェクトを自分があきらめ、他の誰かが成し遂げてしまったら、それを見て一生悔いることになるかもしれない。「人と心を通わせる人型ロボットを普及させる」というゼロイチに挑戦できるチャンスなどそうそうない。そこでしか得ることのできない「経験知」があるはず。それを端からあきらめるのは、あまりにももったいない。

 新しい環境に飛び込むのは、たしかに怖い。だけど、新卒でトヨタに入社するときも、確か同じようなことを感じていた。自分が何者かもわからないままトヨタに飛び込んだけれど、ここまでやってこれたわけだ。同じことをソフトバンクで再度やればいいだけじゃないか。それに、ロボットは門外漢だが、モノづくりという点では自動車もロボットも同じ。これまでの知見は必ず生きる。それに、門外漢だからこそ提供できる目線もきっとあるはずだ。

 もちろん、失敗するかもしれない。だけど、今の時代、仕事で命まで取られるわけじゃない。むしろ、トヨタでの経験にPepperの経験が加わることによって、林要のポテンシャルは高まるはずだ。ソフトバンクを離れても、どこかで生きる場所はきっと見つかる。何があっても、今の日本ならば、生活水準を落としさえすれば家族を養っていくことはできるはず……。

 このように、メリットとデメリットを冷静に挙げていったのです。
 そして、トヨタを辞めるのは、決して命をかけるような「無謀」なことではないことがわかってきます。恐怖心が消えるわけではありませんが、裸一貫のつもりでチャレンジする覚悟が固まってくるのです。

 すると、「自分が今やるべきことは何か?」と思考が切り替わります。大事なのは、すべての力をPepperに集中させること。リスクを取るからには、1秒たりともムダにしてはならない。そこで、まず、通勤の消耗を抑えて仕事に全力を傾けられるように、ソフトバンクから徒歩圏内のアパートを探すところから着手。こうして、「今できること」に集中して、行動に移していくことで、僕は恐怖心を克服していったのです。考え込んでいても一向に消えない恐怖心ですが、些細なことでも行動に移していくと、意外に怖くなくなっていくものなのです。