佃 義夫
第64回
ホンダは4日、八郷隆弘社長による緊急記者会見を行い、日本国内の四輪車生産体制の集約を発表。日本工場で蓄積した新技術生産ノウハウを持つマザー工場機能を新設して日本がグローバルをリードする体制を構築する。

第63回
ルノー・日産連合は、傘下の三菱自動車を加えた日仏3社連合による2022年までの6ヵ年中期経営計画を発表した。ゴーン氏の「最後の野望」とも言うべき3社連合「アライアンス2022」の成否はどうなるのか。

第62回
スウェーデンのボルボ・カーズが7月初めに、2019年以降は発売するボルボ全モデルを電動化すると発表した。「EV大転換時代到来」と騒がれる流れの中で、電動化を打ち出したのは、大手メーカーでは初めてのことだ。

第61回
EVへの大転換と加速化。現在の自動車メーカーは、この現実から免れることはできないだろう。EVが普及したとき、自動車メーカーは現在のような状態存在できるのだろうか。

第60回
トヨタ自動車との資本提携を8月4日に発表したばかりのマツダの小飼雅道社長兼CEOは8日、2030年を見据えた技術開発の長期ビジョンで内燃機関の理想を追求した環境対策エンジンの計画を発表した。

第59回
軽自動車燃費不正問題をきっかけにして日産自動車の傘下に入った三菱自動車は7月25日、2017年4~6月期(第1四半期)の決算を発表。最終損益が229億円の黒字(前年同期1297億円の赤字)だった。

第58回
オートキャンプ参加人口は4年連続で前年を上回っている。日本オートキャンプ協会が今月発行した「オートキャンプ白書2017」では、このように日本のオートキャンプ参加人口が増えていることを報告した。

第57回
上場企業各社の株主総会がピークを迎える中、自動車業界では日産自動車が6月27日、株主総会を開いた。長期政権を築いたカルロス・ゴーン氏から4月に社長を引き継いだ西川廣人社長就任後、初めての株主総会となる。

第56回
八郷社長は社長就任した2014年6月からを振り返り「2年間の取り組み成果と今後の方向性」を披瀝。その中で2030年までに四輪車のグローバル販売台数の3分の2の電動化と、25年めどに高度な自動運転の実現を宣言した。

第55回
スバルのグローバル戦略で依存度が高い米国市場がピークアウト、値引き販売競争も激化している。自動車の技術大転換時代を迎え、スバルはここ10年の急成長から再び成長軌道に乗ることができるか、正念場を迎える。

第54回
カルロス・ゴーン三菱自動車工業会長は5月19日、三菱自の研究開発の総本山である岡崎技術センター(愛知県・岡崎市)を初視察し、ゴーン流改革へ自ら乗り出すことを示した。果たして、その成り行きはどうなるのか。

第53回
京大初のEVベンチャー企業「GLM」が日本初の量産EVスーパーカー「GLM G4」を発表した。同社は、EVメーカーとして事業を成功させていくことができるのか。

第52回
トヨタが大きく変わろうとしている。今年で創立80周年を迎え、かつ豊田創業家出身の豊田章男社長が就任9年目に入る。トヨタとして一つの節目を迎える中で、経営変化と競争力の強化に本腰を入れることになる。

第51回
日本自動車工業界は今年度の500万台の回復と次年度の500万台の確保の見通しを発表したが、高齢化と若者の車離れが進む中、今後、日本の自動車市場は中長期的に見て500万台を維持できるのだろうか。

第50回
仏PSAは3月6日、米ゼネラル・モーターズ(GM)の欧州子会社の独オペルを買収したと発表した。欧米間でのブランド買収劇という新たな展開は、世界の自動車勢力図が変貌する気配を色濃くさせてきた。

第49回
環境戦略で「ハイブリッド車(HV)」を前面に押し出し、主導権を握ってきたトヨタが「エコカーの次の大本命はプラグインハイブリッド車(PHV)だ」と言い切って「プリウスPHV」新型車を投入してきた。

第48回
トヨタとスズキは2月6日、業務提携に向けた覚書を締結。昨年12月に日産が三菱自動車を傘下に収めたことで、孤立化を問われたホンダがここにきて「自前主義」へのこだわりを捨てる動きを一気に進めてきた。

第47回
2016年の世界販売台数は、フォルクスワーゲン(VW)グループが1031万台となり、トヨタグループの1017万台を抜いて世界トップの座を奪還した。今後、トヨタ対VWのトップ争いの行方はどうなるのだろうか。

第46回
トランプ氏のツイッター投稿が世界中の自動車業界を揺るがしている。メキシコに工場を建てる企業を相次いで批判し、ついにはその矛先が日本のトヨタ自動車にも向けられた。メーカー各社は今後どうするのか。

第45回
三菱自の再生に向けて日産と仏ルノーのトップを兼ねるゴーン氏が三菱自の会長に就任し、3社を統括する異例の体制となった。つまり、それは三菱自がルノー・日産連合の一員の枠組みとして始動したことになる。
