「現実生活」でつながるソーシャルメディアの死角
コミュは知人リストに公開されるため、自然と見せたくないもの、見られたくないものを避けるようになります。たとえばこんな具合です。
「妻の友達からフレンド申請が来たため、長い間お世話になった『六本木の夜を研究する会』とお別れすることになりました」
「彼氏候補をマイミクに入れたので『合コン必勝メイクコミュ』から脱退します」
試しに「歯周病」というテーマで観察してみると、匿名性の高いQ&Aサイト「ヤフー掲示板」では1万件以上の質問が挙がっているのに対し、ミクシィのコミュはわずか2つしか見当たりません。
私たちの研究グループは、SNSを特に頻繁に利用している主婦を対象にグループインタビューを行いました。被験者の大半が「SNSの利用に疲れている」と答え、その理由としてみんなが共通して選んだ言葉は「窮屈」というものでした。
「私のマイミクはほとんどが子育て中のママさん仲間です。2歳児の子どもを持つママさんたちとつながっています。昨夜、わが家はホットプレートで焼き肉パーティーだったので、写メ(ケータイ電話で撮る写真)を撮って日記にアップしようとしましたが、あ、そういえば、牛肉アレルギーを持っているお子さんのママがいたな、と思い出して、その日記の公開をやめたんです」
かくして現実生活の交友関係という、いわば退室することのできない閉じられた空間のなか、過度なやりとりがお互いを監視するような状況をつくり出します。つながればつながるほど、職場、学校、地域の一員としての立場に拘束されていくということは、昔の恋人と高校時代の悪友と馴染みの居酒屋の店長を連れて、新しい上司に会いにいくようなシチュエーションが起こるということです。
実際、2008年にシノベイト社が行った調査では、「SNSへの興味を失ってきている」という質問に55%がイエスと回答しています。好調であったフェイスブックも2011年の5月、ついにその活性の伸びを減少させ、北米で700万人以上のユニークユーザーが離脱したと発表されました。