柿内 そうですね。この原作を漫画化するにあたっては、弱点が二つありました。ひとつが前編でも挙げた「説教くさく感じる」こと。もうひとつが、「第1話が地味」ということです。
古賀 原作だと銀座のデパートの屋上にいるシーンから始まるよね。気づきのあるいい第1話だけど、たしかにドラマがないというか、初見の読者をひきつけるには弱いかもしれない。
柿内 どうやったら『嫌われる勇気』のように、読者をひきつけられるか。そこで参考にしたのが、海外ドラマの「ブレイキング・バッド」です。人生で出会った最高のテレビドラマなんですけど、第1話の前半がとにかく地味なんですよ。主人公は田舎の高校の化学教師で、生徒からはバカにされ、お金がないからガソリンスタンドでバイトもして……というシーンが20分近く続く。しかも、俳優もまったくの無名です。
それでこの作品はどうしたかというと、時間軸を解体して、そのあとに起こる大事件を冒頭に持ってきたんです。具体的には、この地味な中年の主人公がパンツ一丁にガスマスクをして死体を乗せたキャンピングカーでなにかから必死に逃げているシーンなんですけど(笑)。
この衝撃的なシーンからタイトルバックになり、そこから時間軸を戻して、高校教師の日常が描かれる。僕たちは、「この大人しいおじさんがどうやってあの状況になったの!?」と確認するために第1話に見入るわけです。『君たちはどう生きるか』の入口を考えたときに、このイメージがしっくりきたんですね。「コペル君はどうしてこんなに絶望しているの?」と。
古賀 なるほどなあ。
柿内 もちろん、好き勝手に変えたわけではありません。大前提として、原著者である吉野源三郎さんの息子さんとは何度もお話ししました。そうするなかで「一言一句同じじゃなくていい、解釈していい」と言っていただきましたが、逆に言えば、表現の責任のバトンがこちらに渡されたということです。原作の設定を変えるときは最小限、かつ必然性があるかをよく考えましたね。