まず第一に、項目が多すぎました。十項目を軽く超える分量。おそらく、メンバーでありとあらゆる重要事項を検討したのでしょう。それは大切なことですが、その結果「あれもこれも」と項目が多くなりすぎると、一般の従業員はとても覚えきれないのではないか……。そんな不安を覚えたのです。

 第二に、言葉が洗練されすぎて“借り物”のような気がしました。当時、流行の言葉が散りばめられているのでカッコいいのですが、どうもブリヂストンで普段使われている言葉とは違うように感じたのです。身についていない言葉を、本当に社内に定着させることができるのかと、疑問に感じました。

 とはいえ、私の思い過ごしかもしれません。それに、そもそもすでに本社で決定されたものですから、その違和感はあえて口にせず、あとはいかにしてここヨーロッパのメンバーにこれを浸透させるかを考えました。

 早速、人事部門トップのフランス人を担当責任者に指名して動きだしたのですが、本社から送付あった一連の資料を彼に見せると、即座に「これはブリヂストンの企業理念としてはふさわしくない。内容も体裁も」というではありませんか。何と私の疑問と全く同じだったのです。

 彼の言い分を随分聞かされましたが、「よく分かったが、本社が決定済みだから、後はいかに浸透させるかだけを考え、案を提案してくれ」と指示。その後、それなりに手間も経費もかけて、私が先頭に立って随分浸透活動をしましたが、よい結果が得られたという感じが得られないまま任期切れ、帰国となりました。

「会社を変える」とは「理念を変える」こと

 その後、私は本社の副社長として働きましたが、いつも頭の片隅に企業理念のことがありました。私は、それまでに、タイ、中東、ヨーロッパなどの駐在経験がありましたので、世界中に気ごころの知れた同僚がいますから、彼らと接触のあるたびに、「企業理念が世界中の従業員に浸透しているか?」「社内の意思決定の際の判断基準として機能しているか?」などをさり気なく確認していたのです。

 すると、やはり私の懸念は的中していました。その企業理念を決定した、肝心な日本国内を含め世界中で企業理念が機能していない。そもそも、項目が多すぎて覚えていない。心にも響いていない。従業員たちの心の中に入り込めていなかったのです。このままではいけない……。そう深く思うようになったのです。