受動喫煙規制の「エビデンス」は?

 さらにはこの問題には、たばこ農家、JTなどのたばこ産業、さらにはそのJT株の33%を保有しており、たばこが生み出す約2兆円の税収を重視する財務省というステークホルダー(利害関係者)も存在する。

 こうした特定の産業や省庁の利益を尊重すれば、大多数の国民の健康や社会厚生が軽視される可能性もある。そうならないためには、これまでの研究で示された「因果関係を示唆する科学的な根拠」(エビデンス)に基づいて、政策形成を行うことが重要だ。ここで現在の受動喫煙規制を考える上で重要な過去の研究成果についてまとめておこう。

 第一に、ファイザー製薬によると、副流煙に含まれるニコチンやタールなどの有害物質は、たばこを吸う本人が吸う煙(主流煙)の約3倍にも上ることがわかっている。しかも、厚生労働省の研究班が実施した調査によると、日本では受動喫煙によって、1年間に1万5千人が心筋梗塞や肺がんで死亡していると推計されている(厚生労働省研究班の研究)。これは、1年間の交通事故死亡者数の3倍に相当する。

 ハーバード大学のイチロー・カワチ教授の研究では、自宅や職場で習慣的に受動喫煙している人で91%も心筋梗塞になるリスクが高くなり、居酒屋やバーに行ったときに時々受動喫煙する人すら58%も高くなることが明らかになっている。しかも、アルゼンチンで行われた研究では、受動喫煙に厳しい規制を導入したことによって、心筋梗塞によって入院する患者数が13%も減少したことが示されている。

受動喫煙を厳しく規制しても
飲食店の売上は落ちない

 第二に、受動喫煙防止案でもっとも議論がわかれる飲食店の売上への影響である。顧客に喫煙者が多い小規模なバーや居酒屋の売上に大きなダメージを与えるのではないかというわけだ。確かにこの議論は一見もっともらしいように見えるが、国内外で行われた数々の研究がこれを否定している。

 代表的なものとしては、WHOの付属機関のIARC(国際がん研究所)の報告がある。世界の169の報告のうち、信頼性が高いとされた49の調査がレビューされ、そのうち実に47の結果で、全面禁煙でも飲食店の売上は落ちていないことがわかっている。むしろ規制が行われた後、飲食店の売上が上がったことを示す研究もあるほどだ。

 全体では20%弱にすぎない喫煙者率だが、年齢別に見てみると喫煙者率が高いのは30才代から50才代の男性である。飲食店が禁煙になったからといって、この年代の男性が外食を自宅での食事に代替するとは考えにくい。むしろ、全体の80%を占める非喫煙者の利用が増え、売上が上がったというわけだ。

 近年は、「デニーズ」や「ケンタッキーフライドチキン」などの大手ファミリーレストランやファーストフードチェーンが自主的に全面禁煙を打ち出しているほか、最近では居酒屋である「串カツ田中」も全面禁煙、レンタカー大手の「ニッポンレンタカー」までもが全面禁煙とすることを発表し、話題になっている。