ファイナンス思考を知ると
何がファイナンス思考じゃないかもわかる

ファイナンス思考は「若者のよりどころ」である=楠木建×朝倉祐介<特別対談 後編>「理屈と運の裏腹関係は“色即是空”」(楠木さん)

楠木 経営の成否を分ける要素として、理屈じゃない野生の勘とか、運とかガッツみたいなものってすごく大切という話がある。その通りですね。結局、野生の勘があって、ガッツも運もある人が勝つ(笑)。ただ、前にも言った通り、「それはお前、野生の勘だろ」と言える人は理屈がわかっている人だけなんですよね。

 この理屈と運の裏腹関係は、「色即是空」(般若心経の教えで、この世にある物や現象の本質は、空(くう)であることを指す)ですよね。片方を見ないと、もう片方も見えない。ファイナンス思考は、何がファイナンス思考じゃないものなのか、ということがわかる点でも、有益ですね。基本的にはお金の観点から企業活動をみるので、「カネだけじゃないだろう」「人や技術の付加価値はどうなんだ」など色々議論はありますけど、あえてお金の面からビジネスを見るファイナンス思考を知ることで、カネに還元できないことの本当の意味を初めて理解できることってあると思うんですよね。食わず嫌いはよくない

朝倉 本当にそうですね。

ファイナンス思考は「若者のよりどころ」である=楠木建×朝倉祐介<特別対談 後編>「未来の価値を先食いして、古いシステムを延命している」(朝倉さん)

 加えて、先ほど「ファイナンスが未来への意思表明」とおっしゃったのは、その通りだと思います。本にも書いているんですが、本当に「意思」だし、もっと言えば職業倫理や志の問題ではないか、と。
 日本でPL脳が浸透している要因のひとつとして、増収増益だったら誰からも怒られないという環境があると思うんです。

 日本の経営者は非常に高齢化が進んでいることもあり、4年なり6年なりの任期を大過なく過ごしたいと思うのは、人情として当たり前ですよね。けれども、そういったお年寄りの方々が自分の時代だけつつがなく過ごそうとして、誰が一番割を食うかというと、いまの若い人たちのはず。
 目先のPLを最大化するということは、未来の価値を先食いして、古いシステムを延命しているということでもあります。僕はこの本をできれば若い人たちに読んでいただきたいし、未来に向けた種まきができない経営陣がいたら、もっと異議申し立てをしてもらいたいという気持ちを強くもっています。

若者であろうとなかろうと、リアリティをもって未来を考える

楠木 ファイナンス思考というのは、その性質からして未来かつ長期を見る。ということは、乱暴に言えば、ファイナンス思考というのは若者のもの。未来のある人のものの考え方です。
 単純に年齢で切るのはよくないとは思いますが、たとえば60歳で社長になったとしますよね。2期4年務めると64歳、10年後はまあ仕事してないだろうな、20年後は生きてるかな、って思う人が構想する未来は、若い人のそれとは必然的に違いますよね。
 たとえばカルロス・ゴーンは当時実際よりも年上に見えましたが、日産自動車の最高経営責任者に就任したとき47歳だった(その2年前にルノーとの資本提携によりCOOに就任)わけです。ジャック・ウェルチだってGE(ゼネラル・エレクトリック)の会長兼CEOになったのは46歳(1981年)で、その後20年近くトップを務めた。彼らのように40代であれば、10年後はまあ絶対働いてる、20年後もおそらく現役だろう。そういう人が構想する未来は、60歳の人のそれと全然違ってくる。

朝倉 たしかに、欧米の企業トップは以前からかなり若いですよね。

楠木 その人がもつ先見性の問題じゃくて、動物としてどれだけリアリティをもって未来への意思を表明できるのかという、元も子もない問題なんです。ファイナンス思考は、日本の企業が思考と行動の若さを取り戻すためにも大切だと思いますね。

朝倉 そう言っていただけると嬉しいです。今日はお時間をいただいて、ありがとうございました。

楠木 こちらこそありがとうございました。