理解力は「自分が何者なのかを多角的に捉える」総量で決まる
北野 先日、伝説的なベンチャーキャピタリストから話をうかがった際に、「ベンチャー企業への投資も、7割はサイエンスで、3割はアートだ」とおっしゃっていたことを思い出しましたね。優れたベンチャーキャピタルになる条件について質問したところ、筆頭に挙げたのが「理解力」でした。ベンチャーが手掛けるような、かつてなかった新しいビジネスはなかなか全貌を把握しづらいものの、全体像を自分なりに理解して説明できることが重要だと。ベンチャーキャピタリストに対して、ストーリーを語れないといけない。この理解力というのは、ひとつの重要な要素なのかなと感じましたね。
山口 仮説でいいから、ストラクチャーが描けることが大事ですよね。自分を振り返ってみてしみじみ思いますが、理解力を深めるには、経験と知識の両方が必要だと思います。私は慶應に幼稚舎から通って、非常に偏った環境で育ちました。自分の父もオーナー社長だし、友だちの親もみんな社長だったから、小学3年になる頃まで世の中のオトナは全員社長だと思っていたんですよ。この話すると、いつもドン引きされるんですけど(笑)
北野 やばい(笑)。まあそう思いますよね。
山口 また、父親がバイク好きだったので小学生の頃から趣味でモトクロスに乗っていて、郊外にしかサーキットがないため神奈川とか埼玉まで出向いて走るんですけど。サーキット専用車は公道を走れませんから、現地のレーシングチームの人たちにトラックで運んでもらったり、チームにいる工務店勤務の人たちに色々世話してもらっていました。そういう学校の友達とは考え方やバックグラウンドの異なる人たちから「キミは慶應ボーイか!世代は違うけど、俺も若い頃は加山雄三に憧れてな~」とかいった感じでいじられたり可愛がられたりしているうちに、「そうか、あっちから見たら、僕は東京のボンボンなんだな」ということに初めて気づいたんです。
山口家は世間的には豊かでも、幼稚舎のクラスの中では下から数えたほうが早い程度の財政状況でしたが、異なるコミュニティではこうも扱われ方が違うのか!と(笑)。外の異なる世界に接することが大事だと本能的に理解できました。
同じ商品や機能でも、展開する国、ターゲット顧客を変えたら、全く異なる評価になります。つまり、価値というのは相対的なものだと理解し、どの市場で、どのように見せたら、自社や自分の持つ価値を高く評価してくれるかを考えることがマーケターの基本です。
北野 伺っていると、理解力というのは、自分が何者なのかをどれだけ多角的に捉えられるのか、ということの総量で決まるんですかね。おっしゃるように、自分にとって異質なコミュニティの中にいるときには、自分を相対的に見ざるをえない。それが結局、物事を理解する――「お茶」であれば、20代から見たらこうだけど、40代から見たらこうだ、男性からはこうだけど、女性からはこうだ、といった理解力につながっているんだろうなと思いました。
40代は「捨てる」ことでキャリアの悩みが消える
山口 40代を迎えてからの話について言及してなかったので、付け加えてもいいですか。マーケティングに限らず、マネジメントはストレス耐性を問われます。何かのブランドを廃止する、投資を絞るなど、周囲の関係者の誰かにとって不幸せな意思決定を伝える場面もありますし、いわゆる「いい人」にはできない。でも、向いていないなら無理にめざすことはないと思っているんです。40代に限らず、キャリアに関して悩んでいる人の多くは、「捨てる覚悟」と向き合えていません。憧れを引きずって、苦手なことや相性の悪いことをやり続けて、心理的にも報酬的にも厳しくなっています。
北野 捨てる意思決定ができるかですね。山口さんが著書の中で、「転職という手段は、所属する企業に高く評価されていない人が環境さえ変えれば短期的に年収が高まるという魔法の杖ではない」と指摘されていましたが、これって、その通りだと思いました。僕もまったく同意ですが、だとしたら、どのタイミングで転職したらいいのでしょうか。
山口 乱暴ですが、シビアな現実を言えば、下位50%の人はどこへ行っても待遇はあまりよくならないと思います。上位5%のエース組と下位50%組の中間に位置する人こそ、環境の変化で劇的に評価と年収が変わる可能性がある。だから、そこに自分がいる自覚があって、このまま今の会社にいていいのかなと思う人は、結果的に転職しなかったとしても、一度キャリアを真剣に考えてみるべきだと思うんです。
北野 めっちゃわかりやすい。超具体的なアドバイス。興味深い話をいろいろ聞かせていただいて、本当にありがとうございます。
山口 こちらこそ、色々引き出していただいてありがとうございました!