「低炭水化物ダイエットは正解か?」
「脳が砂糖をやたら欲しがるのはなぜか?」
「食べた分だけ動けば確実にやせるのか?」
「カロリーを減らせば体重は減るのか?」
これらの「食事の疑問」に答えつつ、「人が太るメカニズム」を医学的に徹底解明したNYタイムズベストセラー『果糖中毒』が9/13に発売された。
アメリカの一流メディカルスクール教授が229の医学論文から「食事の正解」を導き出し、「健康な脳と体」に戻るための処方せんをあざやかに提示したとして、原書はアメリカで12万部を超え、アマゾンレビュー987件、平均4.6と高評価をたたき出した。
最新のWHO統計によると、現在世界で約19億人が「体重過多」、約6億5000万人が「肥満」だという。これは世界中の人々が運動を怠けて、食べ過ぎた結果なのか? 『果糖中毒』では、「肥満は自己責任論」を全面否定し、現在の「肥満の世界的大流行」は糖分、特に「果糖」が主な原因だと結論づけている。
ここで『果糖中毒』の一部を特別に無料で公開する。
ストレスを受けると
甘いものが食べたくなるしくみ
ストレス、肥満、代謝性疾患の結びつきの起点にあるのは、副腎(腎臓の上にある臓器)が出す「コルチゾール」ホルモンだ。コルチゾールはたぶん、あなたの体のなかで最も重要なホルモンだろう。というのもコルチゾールが足りなくなったら死んでしまうからだ。
ほかのホルモン、たとえば成長ホルモン、甲状腺ホルモン、性ホルモン、水分保持ホルモンなどが欠乏しても、体調がすぐれずつらい生活を送ることにはなるが、命を失うようなことはない。だが、コルチゾールが足りなくなったら、あらゆる種類の体のストレスに対処できなくなってしまう。
ハーバード大学疫学教授のデイビッド・ウィリアムズは、2008年にPBSで放映されたドキュメンタリーシリーズ『不自然な原因(Unnatural Causes)』でこう述べている。「ストレスは、私たちをやる気にさせます。私たちが暮らす今日の社会では、どんな人でもストレスを抱えています。ストレスを抱えていない人とは、死んでいる人のことです」
コルチゾールが急増すると、脱水症状になったときにショック状態に陥らずにすみ、記憶力と免疫機能が向上し、炎症反応が抑制され、警戒心が増す。通常の場合、コルチゾールはストレスがつのる状況(ライオンに追いかけられているときや、当然知っているべきことを知らなかったと上司に怒鳴られているようなとき)にピークに達する。コルチゾールは、少量かつ急増期間が短いかぎり、必要不可欠なホルモンだ。
だが、大量のコルチゾールに長期間さらされると、ゆっくりとではあるが、最終的に命が奪われる。プレッシャー(社会的、家族的、文化的なプレッシャーなど)に容赦なく見舞われると、ストレス反応は何ヵ月も、ときには何年も「オン」状態になる。コルチゾールが血流にみなぎると、血圧が上がり、糖尿病につながる血糖値の上昇を招き、心拍数も増える。
人間について行われた研究によると、コルチゾールは特に「カンフォートフード」(なじみがあって食べると気分がよくなるスナックや菓子)によるカロリー摂取を押し上げるという[1]。
だがコルチゾールはむやみに体重を増やすわけではない。コルチゾールが増やすのは内臓脂肪なのだ。これは、心血管疾患とメタボ症候群に関連付けられているタイプの脂肪蓄積である。
上司よりも部下のほうが
ストレスを受けやすい
2万9000人におよぶイギリスの公務員の健康を記録した「ホワイトホール研究」という影響力のある研究がある。1970年代から始められたもので、30年以上続けられ、今でもフォローアップ研究が行われている[2]。
最初の頃研究者たちは、心臓発作の発生率が最も高いのは、上級管理職だろうという仮説を立てていた。しかし、真実は逆であることがわかった。最も高いレベルのコルチゾール血中濃度と慢性病が見られたのは、いちばん低い階級グループだったのである。
この傾向は最下層のグループだけに当てはまるものではなかった。上から2番目のグループは、トップランクのグループより病気を発症する率が高く、上から3番目のグループの病気発症率は上から2番目のグループより高く、上から4番目のグループの病気発症率は上から3番目のグループより高い、というふうに、一貫して同じ傾向が見られた。死亡率と罹患率は、喫煙などの行動因子を調整したあとでも、社会的地位の低さと相関していた。
同じことは、アメリカについても言える。糖尿病、脳卒中、心臓病といった病気は、ストレスを最も抱えている人たち、すなわち中流と下層階級のアメリカ人のあいだで、最も広がっているのだ。
ストレス因子は、子どもたちにも深刻な影響を与えている。貧困のなかで暮らしているアメリカの子どもたちは20%近くにもおよぶ。食と住まいの不安定さが生涯にわたって残す傷は脳にとって有害であり、脳の構造を幼い時点で変化させる[3]。とりわけ、コルチゾールは食物摂取を抑制する働きのあるニューロンを殺してしまう[4]。
幼いときにしっかりした土台が築けるかどうかは、成長してからの健康と摂食パターンを大きく左右する。したがって、子どもの頃にストレスを被ることは、思春期および成人期に肥満になるリスクを押し上げる要因になるのだ。
ストレスの低い閾値と高い「コルチゾール反応性」をもたらすと考えられる因子には、社会経済的地位の低さ、仕事のストレス、女性であること、ダイエットすることが多いと回答すること(慢性的にダイエットを繰り返していることを示す)、そして総合的に見て、やる気と自信に欠けていることなどがある。
どこに行くにもバスを3台も乗り継がなければならず、2つ以上の仕事を掛け持ちし、どうやって食べ物を手に入れるか始終心配し、次の家賃が払えるかどうか不安にさいなまれる……。こんな状態では、どの不安材料も、精神状態だけでなく体の状態にも大きな悪影響を与えてしまう。
[2] M. Elovainio et al. (2011) “Socioeconomic Differences in Cardiometabolic Factors: Social Causation or Health-Related Selection? Evidence from the Whitehall II Cohort Study, 1991-2004,” American Journal of Epidemiology, 174 (7): 779-89.
[3] J. P. Shonkoff et al. (2009) “Neuroscience, Molecular Biology, and the Childhood Roots of Health Disparities: Building a New Framework for Health Promotion and Disease Prevention,” JAMA, 301 (21): 2252-9.
[4] R. M. Sapolsky (2001) “Depression, Antidepressants, and the Shrinking Hippocampus,” Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America, 98 (22): 12320-2.
(本原稿は書籍『果糖中毒』からの抜粋です。訳者による要約はこちらからご覧になれます)
ロバート・H・ラスティグ(Robert H. Lustig)
1957年ニューヨーク生まれ。カリフォルニア大学サンフランシスコ校小児科教授。マサチューセッツ工科大学卒業後、コーネル大学医学部で医学士号を取得。2013年にはカリフォルニア大学ヘイスティングス・ロースクールで法律学修士号(MSL)も取得。小児内分泌学会肥満対策委員会議長や内分泌学会肥満対策委員会委員などを歴任。「果糖はアルコールに匹敵する毒性がある」と指摘した講義のYouTube動画「Sugar: The Bitter Truth(砂糖の苦い真実)」は777万回以上視聴されるほど大きな話題になった。
中里京子(なかざと・きょうこ、訳者)
翻訳家。訳書に『依存症ビジネス』(ダイヤモンド社)、『ハチはなぜ大量死したのか』(文藝春秋)、『不死細胞ヒーラ』(講談社)、『ファルマゲドン』(みすず書房)、『チャップリン自伝』(新潮社)ほか。