「成績優秀な大学生が自宅やオフィスをお掃除します」。フロリダ大学の学生が創業した清掃サービス会社、スチューデント・メイド。創業から10年、“非常識なまでに徹底した、社員を大切にする経営”により、全米で大評判となった同社の採用面接には、今やミレニアル世代を中心にさまざまな世代が押し寄せるという――。この連載では、同社の創業者、クリステン・ハディードの著書『離職率75%、低賃金の仕事なのに才能ある若者が殺到する奇跡の会社』(クリステン・ハディード著/本荘修二監訳/矢羽野薫訳)の記事からその驚くべきストーリーやノウハウを紹介し、同書にインスパイアされた各回で活躍されている方のインタビューを掲載していきます。今回は、ご近所助け合いアプリのサービスを運営する角田千佳さんが、2回にわたって『奇跡の会社』の読書体験をシェアしてくれます。(構成/西川敦子、撮影/タキモトキヨシ)

“信じて任せる恐ろしさ”をどう乗り越えるのか?

奇跡の会社が教えてくれる!「部下が信じられない症候群」の治し方――エニタイムズ代表取締役 角田千佳さんの読み方(前編) 角田千佳(つのだ・ちか)
エニタイムズ代表取締役
慶應義塾大学法学部政治学科卒業。新卒で野村證券株式会社に入社し、株式・債券等の営業に従事する。その後、株式会社サイバーエージェントにてPRプランニング業務の経験を経て、”豊富な幸せの尺度を持った社会の実現”を目指し、2013年5月に株式会社エニタイムズを創業。同年末に、日常の手助け需要のある人とその依頼に応えて多様な働き方をしたい人を繋げるプラットフォーム「ANYTIMES」をリリース。一般社団法人シェアリングエコノミー協会理事、株式会社アドベンチャー監査役も務める。

本荘 本書『離職率75%、低賃金の仕事なのに才能ある若者が殺到する奇跡の会社』(クリステン・ハディード著/本荘修二監訳/矢羽野薫訳)の原書を手にしたとき、すぐ思い出したのが角田さんでした。

 著者でスチューデント・メイドの創業者であるクリステンさんは、角田さん同様、ミレニアル世代。フロリダ大学在学中に会社を設立していますが、専攻はファイナンスで、起業前は「将来はウォール街でバリバリ稼ごう」と考えていたらしい(笑)。角田さんも慶應義塾大学法学部を卒業後、大手証券会社に就職。その後、IT系企業を経て、2013年に「ANYTIMES」(エニタイムズ)を設立されてますね。

角田 出版前に送っていただいた本のゲラを読んだのは、昨年の大晦日でした。一年の締めくくりの日でもあり、創業してから6年間のこと――とくに失敗体験を思い出しながら読み進めていたので、途中でページをめくる手が止まってしまった箇所もあります(笑)。

 クリステンさんと違い、私は大学卒業後、民間企業に就職、一度の転職を経て、今の事業を始めました。固定観念にとらわれず、新しい働き方、生き方を追求するという意味では、転職と起業は似ているのかもしれませんね。失敗を恐れることなくチャレンジを続ける彼女の生き方には深く共感しましたし、いろいろな気づきを得ました。

本荘 エニタイムズも、創業してかれこれ7年目を迎えますね。現在の資本金は約3億2000万円だけど、当初はたった100万円からのスタートだったとか。創業1年目は開発メンバーもおらず、クラウドソーシングに頼ってプロジェクトを進めたと聞いています。

角田 本当にゼロからの出発でしたね。翌年からプログラマーやデザイナーを採用していきました。リーダーとしても迷いながら悩みながらここまでやってきたので、『離職率75%、低賃金の仕事なのに才能ある若者が殺到する 奇跡の会社』は、心にぐっとくる内容でした。

本荘 本を読んでびっくりしたのは、著者のクリステン・ハディードさんの人情家っぷり。遅刻を繰り返す従業員をなかなかクビにできず、ワークショップでは泣き崩れる。ベンチャーの成功者というとクールで頭の切れるタイプをイメージしがちだけど、彼女は真逆だよね。

角田 私も似た経験があるので、親近感を抱きました。社員に対して、叱ったりしたことはほぼなくて。「今ここで口を出したら本人の力が活きない、伸びない」と思い、喉元まで出かかった言葉を飲み込んでしまう。

本荘 クリステンさんも性善説の信奉者で、信じて任せる方針を貫いていますが、おかげでかなり痛い目に遭っています。インターンの学生に給与支払いを任せたところ、間違えて4万ドルも過払いしちゃった。まだ立ち上げたばかりの小さな会社だったこともあり、おかげであやうく資金ショートしそうになるんですね。ここまでは、学生ベンチャーの駆け出し社長にありがちな失敗談。しかし、彼女はなんと混乱の収拾をあくまで本人にやらせるのです。

代行業者からの電話を終えて、私はリジーのもとに駆け寄り、彼女をぎゅっと抱きしめた。私たちは抱き合ったまま飛び跳ねた。危機を乗り越えた彼女を誇りに思うと、私は言った。彼女も誇りに思っていることは、笑顔を見ればわかった。
2週間後、次の給料支払いの時期を迎えた。リジーは、私が自分でやりたいのではないかと聞いた。
「どうして私が? あなたの仕事よ」
彼女は二度と給料支払いでミスをしなかった。
『離職率75%、低賃金の仕事なのに才能ある若者が殺到する 奇跡の会社』49ページより)

 感動的に描かれていますが、事が収まるまでは悪夢の日々だったと思いますよ(笑)。信じて任せることは難しいし、ときには大きなリスクをともなう場合もありますよね。

角田 そうですよね。私も日頃、社員たちをリスペクトし、信用し任せるようにしているのですが、創業してしばらく経った頃、それが完全に裏目に出てしまったことがあります。

 信じて任されると頑張るメンバーがいる一方、無秩序な状態のメンバーも出てくる。そのうち、それに不満を募らせる人たちも増え、やがて後者の状態で仕事をする風潮が広がっていきました。茹でガエル現象といいますか、少しずつ空気が悪くなっていき、気づいたら、会社が無法地帯と化している。

本荘 リーダーシップの教科書を読むと、やたら「任せなさい」とか「自律を促しなさい」とか書いてあるけど、実際に現場でやってみたら大変なことが起きちゃう(笑)。「いい加減な理論が多いな」と思いませんでした?

角田 理論を知っておくことは大事ですが、人はそれぞれ違いますし、すべてのケースにあてはまるわけではないと感じています。今では理論より自分の勘を信じるようになりました。「勘とは、経験の蓄積から導き出される瞬時の判断で、歳月を重ねるほど鋭くなる」という話を本で読んだことがあります。

本荘 なるほど。リーダーとしての経験を積むうちに、だんだん任せ方の勘所がつかめてくるんでしょうね。