世界最高レベルのホスピタリティと奇跡とも呼ばれるサービスは、一朝一夕にできたわけではない。リッツ・カールトンはどのように伝説のサービスを生み出す組織になったのか? ゼロから現在のリッツ・カールトンを育て上げた伝説の創業者が語る成功法則。この連載では、同社の共同創業者、ホルスト・シュルツの著書『伝説の創業者が明かす リッツ・カールトン 最高の組織をゼロからつくる方法』(ホルスト・シュルツ著/御立英史訳)の記事からその驚くべきストーリーやノウハウを紹介していきます。
リッツ・カールトン全社員が2時間学ぶ基礎の基礎
いまから紹介するのは、リッツ・カールトンが推奨する苦情対応の基礎の基礎である。
ホテルビジネスを進めるうえで重要なことなので、2時間の講座を設けて全従業員に受講を義務づけている。修了証書も発行していると言えば、念の入れようがおわかりいただけるだろう。その講座で教えている内容の一部である。
1 軽く扱わない
お客様からの苦情がどんなにバカげていると思えても、笑ったり、陰でからかったりしてはいけない。そんな気持ちを一瞬でも表情に出してはならない。あなたの目の前にいる人にとって、それはきわめて深刻な訴えなのである。
2 自分のこととして引き受ける
苦情を言われたら、自分の問題として受け止めなさい。即座に、「申し訳ありません(アイム・ソー・ソーリー)」と言いなさい。その問題を引き起こしたのがあなた個人であろうとなかろうと、そんなことは一切関係ない。その瞬間、あなたは会社を代表しており、あなたの発言は会社の見解であるとわきまえなさい。
3「私が」と言う
別の担当者や部署を持ち出して話を進めてはいけない。「私」を主語として話しなさい。「そうでしたか、担当の者に手違いがあったようです」などという言い方は、百害あって一利もない。すでにカッカしている人が、もっと不満を募らせるだけだ。生じてしまった失敗や誤解を、自分に責任があるという態度で引き受けなさい。
4 ゆるしを求める
ためらわず「どうかおゆるしください(プリーズ・フォアギブ・ミー)」と言いなさい。「私たちを(アス)」ではなく「私を(ミー)」と言うことが大切だ。罪を自ら背負うということだ。これは高ぶった相手の感情を鎮めるうえで大きな効果がある。そう言われた苦情客が、「いいや、ゆるさない」と答えるだろうか。殴りかかる客がいるだろうか。まずそんな人はいない。
5 こちらの都合を押しつけない
たとえば、会社のマニュアルを持ち出してきて、「弊社のガイドラインでは、それについては……」などと説明してはならない。ポリシー14-8-3に何と書かれていようと、腹を立てている人にとっては知ったことではない。
6 専門知識を誇示しない
自分に専門知識があるところを示して、たとえば、「そうなった原因は、システムがある特定のシグナルを認識して……」などと話してはならない。苦情客にとっては、あなたが何を知っていようと、システムがどのように設計されていようと、関係のない話だ。彼らが知りたいのは、自分がこのトラブルで被った痛みを、あなたが感じてくれているかどうかなのだ。自分の話を聞いてもらい、腹を立てるのはもっともだと同意してほしいのだ。
教育の分野であった事例だが、ある母親がわが子の通う学校にやってきてこう言った。「シュミット先生は娘のクリステンを公平に扱ってくれません。彼女は教師として未熟です。こんな扱いは正しくありません」そう言われたら、校長をはじめとする学校側は、教育分野における自分たちの知識や実績を持ち出して抗弁したくなるかもしれない。問題を指摘されている教師についても、信頼できる人物であるとか、課題を抱えた生徒への対応にも定評があるとか、いろいろ話したくなるかもしれない。だが、その衝動に流されてはならない。
そんな話で相手に伝わるのは、「私たちは教育のプロだ。生徒指導も学校経営も熟知している。あなたはただの母親でしかない」というメッセージだ。
たしかに、彼女は子熊を守ろうとする母熊にすぎないかもしれない。初等教育に関する学位も持っていないだろう。だが、母熊には爪も歯もあることを忘れてはならない。苦情は慎重に扱わなければ、関係者全員にとって面倒な事態に発展する可能性がある。
7 物取りのための苦情だと思ってはならない
何か(たとえばお金)が欲しくて苦情を言っていると決めつけてはならない。ほとんどの場合、彼らはただ話を聞いてほしいだけだ。心のモヤモヤを取り除きたいのだ。自分の意見を尊重してほしいのだ。多くの場合、それだけで溜飲を下げてくれる。