三菱・三井・住友財閥グループの真実#8

三大財閥グループの今を大解剖する「三菱・三井・住友 財閥グループの真実」特集。第5~8回は「同業種の宿敵対決」シリーズをお届けする。第8回は一気に素材・製紙・精密・電機・倉庫の5業種を取り上げた。(週刊ダイヤモンド2019年7月20日号を基に再編集)

【素材】財界重鎮の稚拙な争い

 近年、産業界でも三大財閥のヒエラルキーの中でも、急速に存在感を高めているのが化学や繊維といった「素材」業界だ。電機などの完成品メーカーが国際競争力を落としたのとは対照的で、主力製品を汎用品から高機能品へ切り替えることで、「世界の第一線で戦える企業」の地位を守り続けている。

 その証拠に、最近の経済団体のトップは素材企業から輩出されることが多い。日本経済団体連合会の2代前の会長には住友化学出身の故米倉弘昌氏が、1代前は東レ(三井系)出身の榊原定征氏が就いたし、経済同友会の前代表幹事は、三菱ケミカルホールディングス出身の小林喜光氏だ。

小林喜光・三菱ケミカルホールディングス会長、榊原定征・東レ特別顧問、故米倉弘昌・住友化学元社長左から、小林喜光・三菱ケミカルホールディングス会長、榊原定征・東レ特別顧問、故米倉弘昌・住友化学元社長 
Photo by Hideyuki Watanabe, Bloomberg/gettyimages, Bloomberg/gettyimages AFP=時事

 この3社はビジネスでもしのぎを削る関係にあるのだが、実はお偉方のメンツとプライドを懸けた戦いも静かに繰り広げられている。

 業界公然の秘密とされているのが米倉氏と小林氏の不和だ。小林氏が経営再建中の東京電力(当時)の社外取締役へ就任するときも一悶着あった。

 小林氏は事前に米倉氏に人事を伝えて仁義を切っていたとされる。しかし人事発表当日コメントを求められた米倉氏は、ぶぜんとした表情で「感想は特にない」と言い放った。東電介入を加速する政府と距離を置く米倉氏との折り合いも悪かったにせよ、これで二人の不仲が公式の場で露呈。「産業界のトップに立つにはあまりに大人げない」と語り草になっている。

【製紙】「御三家」介入により破談

 今年3月、三井グループの一社で、製紙業界最大手の王子ホールディングスと、三菱財閥の3代目総帥が創立した同6位の三菱製紙による“結婚式”が正式に執り行われた。公正取引委員会等の許可が下りたことを受け、王子が約33%まで出資を増やし、三菱製紙を持ち分法適用会社としたのだ。

 実は鈴木邦夫・三菱製紙社長(当時)はこの結婚を決めるまで、王子との間で壮絶な精神的戦いを強いられたとされる。背景には三菱グループの介入があった。

 かねて、電子化の流れにあらがえず単独での生存が難しくなった三菱製紙の嫁ぎ先は、三菱グループ最大の懸案事項の一つだった。

 そこで、三菱商事などが北越紀州製紙(当時。業界4位)に話を持ち掛け、2014年にはまず、同社と三菱製紙の販売子会社の統合が合意された。

 ところが一方で、子会社のみならず「本体」の統合まで確実に進めたい三菱東京UFJ銀行(当時)と、北越と三菱製紙との合流による“第三極”の形成を警戒した大王製紙の利害が一致。三菱製紙に“横恋慕”したとされている。

 結局、グループに振り回され、二股をかけた形となった三菱製紙は、どちらの縁談も逃してしまう。最後には、鈴木社長が奔走し、三井系の王子の助けを取り付けた。「工場や従業員が守れるなら、いっそ三菱の名前にはこだわらない」と、覚悟は相当なものだった。