つまり、ウォークマンは、ポータブル音楽プレーヤーの市場を創造したのだ。それまではほとんど誰も気づいていなかったが、「どこでも聴ける音楽」の潜在的ニーズは、確かに存在したのである。
クリステンセン氏は、この「どこでも聴ける音楽」のように(その国や地域では)まだ消費されていない状態を「無消費」と名づけた。無消費には、消費者がそのニーズに気づいていなかったり、価値を見出していなかったり、価値を見出してはいるが高すぎて手が出ないなど、さまざまな理由が存在する。
市場創造型イノベーションは、いかにしてこの無消費にアプローチするかが、カギになるということだ。
貧困にあえぐアフリカで
携帯電話の市場が創造できた理由
市場創造型イノベーションが地域の繁栄に貢献した一例を見てみよう。携帯電話が「無消費」だったアフリカに初のモバイルネットワークを構築した、モ・イブラヒム氏のケースだ。
イブラヒム氏は、「離れた場所にいる母親や知り合いとすぐに、気軽に連絡できるようになれば、数億人のアフリカ人がより幸せになる」という思いから、1998年に、アフリカのサブサハラ(サハラ砂漠以南)で初の携帯電話会社を作ろうと決意した。
だが、その地域は、いずこも深刻な貧困問題を抱えていた。各種インフラは貧弱、政情は不安定で汚職がまかり通る。水も医療も教育も足りていない状態で、まともなビジネスが成立するかどうかも疑わしい。まして、携帯電話など売れるはずもない。誰もがそう言い、イブラヒム氏の挑戦を嘲笑していた。
だがイブラヒム氏は信念を曲げなかった。事業会社セルテルを設立して携帯電話のネットワークを構築。並行して、電力網、物流網、現地で雇用した従業員への教育や医療の仕組みなど、足りないインフラと環境を自力で整備していった。
電話料金の支払いに関しては、貧困層でも利用しやすいよう、少額でも購入可能なプリペイドカードを採用した。
結果、店舗開業日には、待ちきれない客が数百人も並ぶほど携帯電話が売れたそうだ。
セルテルは、6年後の2004年には、アフリカ13ヵ国でサービスを展開し、520万人の顧客獲得に成功。6億1400万ドルを売り上げ、1億4700万ドルの純利益を生み出した。
その後、他の通信事業者も続々とアフリカの携帯電話事業に参入した。携帯電話事業は、2020年には450万人の雇用と、アフリカ経済への2140億ドルの貢献が見込まれている。
モ・イブラヒム氏が、単にモノやカネを与えるだけでなく、インフラ整備など「必要なことは何でもやる」姿勢だったからこそ、無消費から市場を創造し、繁栄に結びつけることができたのだ。