日本人だけで登録者3000人
イーレジデンシーの何が画期的なのか?
ここで、イーレジデンシーについて少し触れておこう。イーレジデンシーとは、エストニアが電子政府を国内のみならず国外にも「開放」しようとして2014年末に始めたもので、政府が審査の後に外国人を「仮想(電子)住民」として認め、仮想居住(電子居住)権を与える制度である。
手続きは簡単だ。まず、専用サイトから必要事項を記入のうえ、手数料100ユーロを支払う。犯罪履歴やアンチ・マネーロンダリングなどの審査を通れば、日本では東京・浜松町の施設に出向くとe-IDカードが交付される。これでエストニアに行かずとも、電子政府の一部が利用できるようになる。具体的に、法人設立と電子署名の利用、そして銀行口座の開設だ(ただしビザや市民権はない)。
エストニア政府によると、今年8月までに、世界中で約5万8000人のイーデンシー取得者がいる。いまや日本人だけでも約3000人が登録しており、有名人でいえば、ローマ・カトリック教会のフランシスコ法王やマイクロソフト創業者のビル・ゲイツ、安倍晋三首相もイーレジデンシーの一員である。
エストニアとしては内部の仕組みを外部に開放しただけのため、開発などの費用は安く抑えられ、10億円に満たない投資はすでに回収できている。実際、7200社の法人設立と1300人の雇用につながり、2500万ユーロ(約30億円)の直接的な経済効果に結び付いたという。
なぜ日本人の若者がエストニアに飛び込み、
イーレジデンシーを広げようと考えたのか?
だが、ここで疑問が浮かぶ。なぜ、イーレジデンシー向けのサービスを日本の若者がつくりたいと考えたのだろうか。
アレックスさんは、拙書でも取り上げたように、取材中にたまたまエストニアで出会った若者だ。世界を旅する中でエストニアにたどり着き、そこで現地のスタートアップに参画。その後、「イーレジデンシー取得者のうち、アクティブに活用し、エストニアの法人を運営している人が実際は少ない。イーレジデンシーという画期的な仕組みをもっと世界に広めたい」と考えて、今回エストニア人らとサービスの開発、提供にまで至った。
実際、イーレジデンシーが普及しているにもかかわらず、それをビジネスとして活用できている事例はまだまだ少ない。言語の壁、エストニアとの情報ギャップ、現地とのコネクションの有無などさまざまな要因があるからだ。アレックスさんは、その溝を埋めて、イーレジデンシー取得者がよりスムーズにビジネスが行えるようなプラットフォームの必要性を感じたのである。
SetGoは、日本語のみならず、英語対応もするグローバルなプラットフォームである。当然、中国や韓国、インドなどアジア圏への展開もにらんでいる。年内には現地の税務、会計、法務などの専門家に相談をできるようにするプラットフォームを立ち上げ、専門家とも簡単にアクセスできるようにして、ビジネスのサポートを手厚くするという。
さらに、イーレジデンシー同士のコミュニティー機能を持たせることも狙っている。これにより、イーレジデンシーを取得するような人、つまりデジタルに明るい人やエストニアに関心の持つ人、起業意欲の高い挑戦的な人々同士が互いのナレッジを共有しあい、さらには交流を促す仕組みを築こうというのである。
エストニアのケルスティ・カリユライド大統領は2018年末、「イーレジデンシー2.0」という政策を掲げ、政府としてイーレジデンシーのコミュニティー構築を行うことを表明した。具体的には、イーレジデンシー同士をフェイスブックのようなプラットフォーム上で交流させる。さらには、エストニア市民との経済取引までを実現させようと考えている。その際に使うのがユーロではなく、ブロックチェーン技術を通じたトークン(仮想通貨の一種)である。
別の言い方をすればエストニアは、電子政府とブロックチェーン技術を生かし、国が本人確認を済ませた6万人以上のイーレジデンシー取得者とエストニア人とを交流させ、国境を越えた新しい経済圏を構築しようと模索している。SetGoはその一翼を担うサービスになるかもしれないのである。