「1枚のカード」の先に広がっているのは、
国境を越えた新しい働き方の未来

 エストニアの電子政府は、単に行政手続きをオンラインにして手続きを簡便にしただけではない。このインフラは、人々のマインドセットを変え、行動を変えて、習慣までを変えている

 たとえば、法人設立がオンラインでできることで、「思い立ったが吉日」といわんばかりに起業ができる。この仕組みがあることで、新しい会社が次々と生まれ、実際に世界で活躍するスタートアップが数多く誕生している。少なくとも、起業のハードルの高さを日本のように感じさせてはいない。

 また、イーレジデンシー制度という“インフラ”ができたことで、「世界中いつでも好きな場所で好きに働きたい」と思う、イーレジデンシー取得者に特化したサービスが次々と生まれた。たとえば、求人紹介サイトやバックオフィス機能提供サイトである。そうしたサービスがスキルやナレッジを持った先端的な人材をどんどんと呼び込んでいる。

 冒頭でも述べたよう、確かに日本においても、マイナンバーを利用した法人設立APIの開放は、国内の経済を活性化させる潜在力がある。だが、もう一歩踏み込んで考えてみたい。

 法人設立がオンラインでできる意味合いは、単に行政手続きの簡素化だけではない。エストニアでは、e-IDを核にして、世界中の人材が簡単にエストニアの電子政府にアクセスでき、ビジネスチャンスが得られる価値を提供している

 もちろん、文化も歴史も異なるエストニアだからこそできたという指摘はその通りだろう。だが、エストニアはわずか人口約130万人の国である。そこに6万人以上の外国人が手数料を支払ってまで仮想住民となった点から、学べることはあるはずだ

 たとえば、日本でも国境の枠を越えて、海外の優秀な人材をオンライン上で呼び込み、日本に新しい法人をつくってもらい、事業を行える仕組みができたどうだろうか。または海外に出て行ってしまった有能な日本人に新しいビジネスチャンスを与えられないだろうか。

 特に、経済的に疲弊する地方自治体にこそ必要かもしれない。世界を飛び回りながらも地元で起業できたり、地元向けにオンラインサービスを展開できたりする仕組みだ。または、地元を離れてしまった人々を自治体が本人確認して束ねるといった仕組みや、その地域にいなくとも、知恵と力を与えてくれる人材をつなげるといったサービスがあれば、地域の活性化にもつながるだろう。

 今回、エストニアが新しい国の在り方を目指す中で、日本人の若者がエストニア発のサービスを生んだのも偶然の流れではないだろう。SetGoの取り組みは、そんな“J-Residency”の可能性を見せてくれるような、新しい社会モデルへの挑戦、未来の働き方の可能性を示すものだといえるだろう。