「牛乳を注ぐ女」は主人の役に立てない

ピラミッドに「財宝」や「副葬品」が納められた理由はわかりましたが、他方で、「彫像」や「壁画」といった芸術品を納めた目的はなんだったのでしょうか?

それを考えるヒントとして、古代エジプト語で「彫刻家」を意味する言葉の1つに「生き続けさせる人」というものがあります。つまり、彫刻家がつくる「彫像」は観賞用の飾りではなく、財宝・副葬品と同じように、死後の世界に必要なものだったのです。実際、ピラミッドに設置された「彫像」には、王や家族、家臣や労働者の姿が見られます。そう考えると、「壁画」にも同じような目的があったといえそうです。

これらの芸術作品は、人々の目を楽しませるためではなく、死後の世界で王を支えるためにつくられていたのです。どうやらここに、古代エジプト人が求めていた「リアルさ」のヒントが隠されていそうですね。

さきほどの壁画を振り返ってみましょう。

この壁画は、ギザからナイル川を南下したエジプト中央の都市ルクソールにある、身分の高い役人の墓の内部に描かれたものです。描かれている2人の男性は、捧げ物を運んでいる姿からわかるとおり、死後の世界で主人に仕える家来たちなのです。

この絵では、すべてのものが「その特徴をよく表す向き」で描かれているのがわかりますか? たとえば、「魚を思い浮かべてみてください」といわれると、ほとんどの人は「真横から見た魚」をイメージするはずです。前・後ろ・下から見た魚を想像する人はなかなかいないですよね。それは「真横から見た魚の形」が最も特徴的だからでしょう。

牛乳を注げない女と、あり得ないポーズのリアルな男たちイラスト:末永幸歩

これと同じように、たいていのものには「特徴をよく表す向き」があります。人間の鼻は真横から見たとき、高さと形が最も明確になります。目は、正面から見たときがいちばんそれらしいでしょう。足首から下は、真横から見たとき、長さも形もはっきりとします。

古代エジプト人たちは、さまざまなものを「その特徴が明確になる向き」で組み立てることで、永続性のある「完全なる姿」をつくりあげていたのです。

では、もしも古代エジプト人に次の絵を見せたら、どんな反応をするでしょうか?