日本は世界の“食い物”にされる!?

中野 ええ。そうなることは2008年に世界金融危機が起きた時点で、すでに見えていたわけです。にもかかわらず、日本は2010年になって「平成の開国」などと言って、その後、TPP交渉に参加すると表明しました。しかし、TPPは、オバマ大統領自身が横浜で開かれたAPEC首脳会議で明言したように、アメリカが輸出を倍増させることで国内の雇用を増やすという戦略の一環だったんです。オバマにとってのTPPは、他国の雇用を奪うための、一種の近隣窮乏化政策だったのです。

 一般教書演説でも、オバマ大統領はそのことを繰り返す一方で、「自由貿易」という言葉を一度も使いませんでした。環太平洋にリベラルな経済秩序をつくろうなどという意思はかけらもなく、単に、日本市場を獲りに来ただけのことなんです。

 それは、世界経済が縮小に向かうなかで、民主主義国家であるアメリカの大統領ならば当然考えることであって、生き残りをかけた残酷な国際政治において自国を守ろうとするのは当たり前のことです。しかし、日本は「世界の現実」を理解せず、「平成の開国」などと言っていたわけです。

――だから、中野さんは『TPP亡国論』を出版するなどTPP反対の論陣を張ったんですね? しかし、その後、トランプが当選し、TPPから離脱しました。あれは、想定外だったのでは?

中野 そうですね。アメリカでもTPPを支持しているのはエリート層で、中国などに「職」を奪われたと感じる一般の人々が「自由貿易」に辟易していることは認識していましたが、まさかトランプが大統領になるとは思っていませんでした。

 ただ、トランプがTPPから離脱したのは、「オバマが雇用を奪い取ると言っていたが、俺のほうがもっといいディールができる」ということにすぎませんでした。

 つまり、オバマもトランプも「他国から雇用を奪う」という意思に変わりはないわけです。オバマはそれを上品に表現し、トランプはそれを露骨に表現したというだけの違いです。アメリカは自国民を守るためになりふり構っていられる状況ではないのだから、これも当たり前のことなんです。

――実際、トランプ政権は日米FTA交渉で、「TPPと同水準かそれ以上」の市場開放を強硬に要求して、日本はかなりの譲歩を強いられたと聞いています。結局、中野さんが心配していたとおりになったようにも見えます。

中野 日米FTAのことは、細かく調べていませんが、「自由貿易を推進する」などと時代錯誤なことを考えるのではなく、真剣に自国の経済を守るためにどうすべきかを考えなければ、非常にマズいことになるでしょうね。

――なんとなく「グローバル化は善」といったイメージがありましたが、頭を切り替えないといけないですね……。

中野 そうなんですが、まぁ、でも、結局のところ、アメリカが自国の利益を犠牲にしてまで日本を豊かにしてくれた冷戦期に、日本がいちばんうまくいっていたわけで……そのときのやり方を続けたいということなんでしょうね。

 ただ、冷戦のときにアメリカが、自国の利益を犠牲にしてでも日本が豊かになるのを助けてくれた理由は、共産化されたら困るからですよね。そして、冷戦が終わったら、アメリが自国を犠牲にして日本を助ける理由がなくなったわけです。この問題は、地政学的に考えなければいけないんです。

世界はすでに、各国が「利己的」にならざるを得ない危険な状況に陥っている『富国と強兵 地政経済学序説』中野剛志 東洋経済新報社

 したがって、私は、日本の経済成長の低迷し始めた時期と、冷戦終結のタイミングが一致しているのは偶然ではないと思っています。日本の高度経済成長は冷戦構造という下部構造の上に実現し、日本の経済停滞は冷戦終結という下部構造と関係があるというふうに見ておかなければならない。つまり、経済学と地政学は密接に関係しているということです。

 この視点なくして、まともな国家政策などありえません。経済が地政学的環境にどのような影響を与えるのか、そして地政学的環境が経済をどのように変化させるのかについても考察しなければ、国際政治経済のダイナミズムを理解できず、国家戦略を立案することもできないのです。このことを訴えるために書いたのが、『富国と強兵 地政経済学序説』という本だったんです。

――地政経済学とは?