リーマン・ショックとコロナ禍で、世界は「危険な場所」になった

中野 そして、自由な世界経済を実現する覇権国家が存在したのは、歴史上、二度しかありません。19世紀において、その圧倒的な軍事力と経済力によって自由貿易の時代を開いたイギリスと、第二次世界大戦後に覇権国家となったアメリカの二度だけなんです。

 とりわけ、第二次大戦後に比類なき軍事力と世界全体のGDPの約半分を占める経済力を誇っていたアメリカは、圧倒的な覇権的パワーで、冷戦期には西側世界の安全を保証し、冷戦後は自由主義経済を世界中に広げていったのです。

 しかも、この覇権国家が存在した時期が、いわゆるグローバル化の時期と重なっているんです。ダブリン大学トリニティ・カレッジ経済学教授のケヴィン・オルークとハーヴァード大学経済学部教授のジェフリー・ウィリアムソンは、グローバル化がいつから始まったのかを検証した結果、それが1820年代であると特定しました。これは、イギリスという覇権国家が出現した時期とほぼ一致しているのです。 

 この研究は、グローバル化が進んだ背景には、覇権国家という政治的な存在があるとする「覇権安定理論」を裏付けるものと言えるでしょう。逆に言えば、覇権国家という世界を圧倒する権力が消滅すれば、グローバル化も同時に終焉するということになるわけです。

――だから、中野さんは「グローバル化は終わった」とおっしゃったのですね?

中野 ええ。これまで説明してきたように、2010年代に入って、アメリカの覇権的パワーが音を立てて崩れ始めました。地政学的な下部構造が崩壊したとなれば、その上部構造にあった自由主義的な国際秩序やグローバリゼーションもまた、終わりを告げることになるでしょう。

 しかも、2008年にはリーマン・ショックによる世界金融危機が勃発しました。これは、アメリカの経済自由主義に基づく経済政策が生んだ資産バブルの崩壊が原因で、アメリカ主導の国際経済秩序の正統性が損なわれるとともに、グローバル化の進展によって世界経済は拡大するという楽観主義が一気に崩壊した瞬間でもありました。

 そして、世界経済は停滞へと向かっていったわけです。いわば、世界中が“飢餓状態”に陥ったようなものです。アメリカの地政学的な覇権が崩れていく局面で、世界中が“飢餓状態”に陥るという非常に危険な状態になったのです。しかも、現下の「コロナ禍」によって、世界経済は大恐慌以来の景気悪化になると予測される状況に陥ってしまいました。世界はさらに危険な場所になったのです。

――各国が限られたパイを食い合うようになると?

中野 そういうことです。一般に、市場全体が成長している場合は、国家間の経済連携の深化は、比較的容易です。なぜなら、その場合は、関係国間で、利己的な行動をとって対立するよりも、協力的行動をとった方が、お互いに得られる利益がより大きいことが明らかだからです。

 しかし、市場全体が停滞ないし縮小し、各国がお互いに協力行動をとったとしても、得られる取り分が大きくならない場合は、協力することによるメリットが見えにくくなります。また、市場全体が成長していないときには、自国の利益を増やそうとすると、他国の利益を奪うことになるので、自由貿易や経済連携による利益を共有し、互恵的な関係を構築することが極端に難しくなる。それは、1930年代の世界大恐慌後の歴史が物語っていることです。

 このように世界経済が停滞すると、各国はより利己的にならざるを得なくなり、国家間の協力関係を成立させることは容易ではなくなります。とりわけ民主主義国家はエゴイスティックになります。自国の利益を優先しなければ、政治家たちは国民の支持を得ることができないですからね。

――民主主義国家はエゴイスティックにならざるを得ないというのは、少々ショッキングですが、たしかに否定できませんね。