これらを踏まえて、当時2歳だった私が、この作品のなかに見ていたことを想像してみましょう。

腕を左から右に動かし、紙の上にクレヨンをスルッと滑らせる
もう1回、もう1回、色を替えてもう1回。面白くなって、何回もやってみる。目の前に、弧状の線がたくさん重なる
茶色のクレヨンを手に取る。腕をギリギリまで伸ばし、左から右にいちばん大きく動かした
そのクレヨンを、今度は手前にこすりつける
自然と力が入る。クレヨンのヌルッとした感覚が面白い。夢中になってこすりつける
気がつくと、目の前に茶色い塊が現れていた
お母さんに見せてみよう!

幼かった私がこの作品に見ていたのは「虹」「コロッケ」といった、絵の向こう側にある「イメージ」ではなく、自分の身体の動きによって紙のうえに刻まれていく「行動の軌跡」だったのではないでしょうか。

私たち大人にとって絵画は、なにかの「イメージ」を映し出す「窓」のようなものです。「絵には『なにか』が描かれている」というのが、当然の「ものの見方」になっています。
しかし、小さな子どもからすると、そうした「ものの見方」はあたりまえではありません。

そのときの私にとって、あの絵は「虹を描いた絵」でも「コロッケというイメージを映し出した絵」でも、さらには「クレヨンが付着した紙」でさえもなく、「自分の身体の動きを受け止めてくれる舞台」だったのかもしれません。

■執筆者紹介
末永幸歩(すえなが・ゆきほ)

美術教師/東京学芸大学個人研究員/アーティスト
東京都出身。武蔵野美術大学造形学部卒業、東京学芸大学大学院教育学研究科(美術教育)修了。
東京学芸大学個人研究員として美術教育の研究に励む一方、中学・高校の美術教師として教壇に立つ。「絵を描く」「ものをつくる」「美術史の知識を得る」といった知識・技術偏重型の美術教育に問題意識を持ち、アートを通して「ものの見方を広げる」ことに力点を置いたユニークな授業を、都内公立中学校および東京学芸大学附属国際中等教育学校で展開してきた。生徒たちからは「美術がこんなに楽しかったなんて!」「物事を考えるための基本がわかる授業」と大きな反響を得ている。
彫金家の曾祖父、七宝焼・彫金家の祖母、イラストレーターの父というアーティスト家系に育ち、幼少期からアートに親しむ。自らもアーティスト活動を行うとともに、内発的な興味・好奇心・疑問から創造的な活動を育む子ども向けのアートワークショップ「ひろば100」も企画・開催している。著書に『「自分だけの答え」が見つかる 13歳からのアート思考』がある。