やる意味があるかどうかは
経営理念で決まる

技術のS字カーブ技術のS字カーブについて、森尾氏は実際にモデル図を書きながら説明した Photo by Y.A.

 ソニーの撮像素子については、いまだに技術の差別化ができているのだと思います。S字がものすごく長いのです。

 ソニーしか作れないわけではなくて、最近だと韓国サムスン電子が1億画素を超える撮像素子を作ったそうです。原理で言うと、画素数が増えると解像度が上がる代わりに、感度が下がるというトレードオフの関係があります。

 ところがソニーのCMOSは裏面照射のような技術で、競合企業と同じ画素数でもソニーの方が感度がいい、という他社にない特徴を出せている。これがソニーであれどこであれ、みんな同じトレードオフのルールに縛られるのなら、後は規模やコストの競争だけ。それではソニーがやる意味はありません。

――やる意味があるかどうか、というのは、ソニーの経営ではよく議論されたことですか。

 ソニーがやって特徴を出せるのかどうか、ということですが、やる意味があるのかどうかの判断は最終的には、企業理念に基づくものです。そして理念は、すべての企業の経営において、非常に重要なものです。

 ソニーで言うと井深さんが設立趣意書で、「技術者の技能を発揮する自由闊達な理想工場の建設」だとか「最先端の技術で文化の向上に資すること」を企業理念としました。

 この設立趣意書は創業当時(46年制定)のもので、古くなるとみんな読まなくなるので、盛田さんが80年代に「ソニー・スピリッツ」としてまとめ直した。新しい技術を使って、これまでにないものを創って世の中に貢献するといった内容です。そして今の経営陣は、パーパス(存在意義、「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」としている)とバリュー(価値観、夢と好奇心・多様性・高潔さと誠実さ・持続可能性の4つを定めている)という言葉で経営理念を定めています。

――経営理念こそが重要だと指摘する経営者は他にもいます。たとえばコマツの坂根正弘元会長(現在は顧問)は、自身がもっとも会社に貢献したこととして、コマツウェイを明文化したことを挙げていました。利益を出す、株価を上げるといった数値目標に比べ、どこかきれいごとに聞こえなくもありませんが、実はとても重要?

 重要ですよ。なぜか分かりますか? 例えばソニーの場合、事業本部長のような立場になるとかなりの権限を与えられます。上に相談はしますが、経営トップはいちいち細かいことは判断しない。だから自分で考えなきゃいけない。自分で考えるとき基本になるのが、経営理念です。

 近年はいろんな会社が、コーポレートガバナンス・コード(2015年6月に上場企業に適用)には経営理念を作るべきだと書いてあるから作ろう、と言って作るようになりました。でも作った後は実際には神棚に飾っておいたまま、みたいな状況も少なくありません。それじゃだめで、経営陣から社員まで、上から下まで一気通貫で共有している価値観にならないといけません。

 その意味ではソニーでは、世の中に対する技術による貢献と、従業員に対して働きがいのある職場を提供するという2点が、時代を越えて経営の大きな目標と位置づけられ続けています。