事業が2つになると投資家への説明は3倍難しくなる

朝倉:5つ目のポイントは「投資家コミュニケーション」です。
事業が複数あり、それぞれに収益性も成長ステージも異なっている場合、それぞれの事業の状況をどう説明し、どう評価するのかといった複雑性は増します。

村上:事業が2つあるとそれぞれの事業の優先順位やリソース配分の是非を説明をしなければならないため、シングルプロダクトの説明に比べて、2倍ではなく3倍難しくなると思っています。

小林:なぜ2つの事業を行っているのか、その意義は何なのかということも含めて説明する必要がありますからね。これは上場後もずっとつきまとう問題ですね。「なぜあなたはコングロマリットなんですか?」とは上場してからも必ず問われ続けるでしょうし、ディスカウントがかかりやすい部分でもあります。

朝倉:いくつもの事業が積み重なってくると、単体でそれぞれの事業を営むよりも市場からの評価が低下しやすい。国内の上場企業だと、端的な例がソフトバンクグループですね。

小林:孫さんは決算発表などでも「ソフトバンクの企業価値が正当に評価されていない」と述べています。

朝倉:投資家からはそれだけ割り引かれて見られてしまうし、孫さんをもってしても説明が難しいということでしょう。孫さんが感じるところの「過小評価されている」という状況に陥るくらいに。
複線化への挑戦が既存事業からの「逃げ」になっていないか

小林:今回、5つのポイントに分けて、事業を複線化する際に気をつけることを考えましたが、複線化して成功した会社も実際にはあります。例えば、エムスリーは、「MR君」というプロダクトから事業をうまく広げ、成長していきました。

朝倉:楽天もそうですね。

小林:楽天は金融に広げていったことによって、より強固な経済圏を作り上げましたよね。

村上:はい。事業の成長において、複線化は1つの手段だとは思います。ただ、今回挙げた5つのポイントについて、エムスリーや楽天は一定レベルをクリアした段階から行っていたかもしれませんが。

朝倉:最初から事業の複線化を前提にしている会社はそう多くないと思います。ただ、最初はシングルプロダクトで成長することを考えているけれども、事業を運営していくうちに、どうしても市場規模の上限が見えてきたり、成長スピードが鈍化してきたりする。

そうなると、経営者としてはどうしても新たにぐっと伸びるビジネスを模索したいという誘惑に駆られてしまうところがあるのではないでしょうか。ただ、自分たちがやろうとしている事業の複線化が、既存事業からの逃げでないのかについては、振り返って検討すべきかもしれませんね。

村上:事業の複線化を検討するにあたっては、2つの軸をベースに考えるのがよいのではないかと思います。1つ目の軸は経営戦略。最初から複線化を視野に入れた事業戦略だったか、最初はシングルプロダクトでの成長を企図していたか。もう1つの軸は、既存事業の成熟度。既存事業は成熟しているのか、まだ未成熟でリスクがあるのか。

この2軸で分けられる4象限の中で、自社の現状を見た際、当たり前ですが、既存事業が未成熟なまま、初期は想定していなかった事業複線化に臨むケースは一番注意が必要でしょう。逆に、もともと想定していた戦略通りであって、かつ既存事業も成熟した状態だと、今回挙げた5つの留意点はクリアしているケースも多いのでしょう。

朝倉:シングルプロダクトで成長する方が望ましい状況で、なおかつ、まだまだ既存のプロダクトに成長余地があるタイミングであれば、複数の事業にリソースを分散してしまうのはもったいないんじゃないかという点は、立ち止まって考えたいですね。

*本記事はVoicyの放送を加筆修正し(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)、signifiant style 2020/4/5に掲載した内容です。