ユニットエコノミクスの勘所

朝倉:一気に顧客獲得しようとしてマーケティングコストを大きく投下すると、顧客の目に触れる機会は増える一方で、どうしても獲得効率は悪くなるということも起きがちですよね。規模を追うと、結果的にCACが高まってしまうという状況。

すると、「LTV÷CAC」の式の分母が大きくなってしまうため、ユニットエコノミクスが悪化してしまいます。一方で、効率ばかり考えていると、いつまで経ってもスケールしないのもまた事実。このバランスをとるのが勘所なんでしょうね。

小林:長期的なブランド投資とは、ある意味バランスシート的な概念です。長期的に資産形成につながるもの、遅効性のあるものなので、瞬間的に見るとCACは非常に上がってしまうけれど、あまりにも獲得効率ばかり意識し過ぎると、永遠に成長できなくなってしまう恐れもあります。

村上:私はユニットエコノミクスの本質とは、限界利益と固定費の関係に集約されると思います。どれだけの固定費-マーケティングコストや人件費-をかけて、どれだけの利益をあげられるのか。

ですから、「ユニットエコノミクスが成立しているのか」ということを考える上では、やはり限界利益の原則に倣って、変動費と固定費を分解して検討する必要があると思います。

製造業の場合は、ブランド投資額や製造コストが主なコスト指標だったわけですが、SaaSはCACが一番大きな変数になる。それをどうコントロールしているかを簡易化した指標がLTV÷CACなのだと思います。

朝倉:まとめると、限界利益は製造している商品に着目し、1プロダクト売れる度にどれくらいの利益がもたらされるのかという、プロダクト単位の考え方であるのに対して、ユニットエコノミクスは、顧客に着目し、1顧客あたりどれくらいの利益がもたらされるのかを見る指標であるということですね。

限界利益がより製造業にフィットした考え方であるのに対して、ユニットエコノミクスはよりサブスクリプション型のサービスやSaaSにフィットしたものの見方です。

これに関連する話だと思うのですが、2000年頃、ソフトバンクはYahoo!BBのモデムを街角で無料配布していましたよね。

これは商品単位の限界利益の観点で見ると、ゼロ円で配っているわけなので、当然大赤字。ですが、モデムを配られた消費者がそこからYahoo!BBに加入し、一定期間使い続けることで得られるLTVを加味し、ユニットエコノミクスの観点で見れば、採算がとれるという施策でしたよね。

扱っているモデム自体はハードそのものなのだけれども、サブスクリプション型のサービス的なものの見方でとらえると全然違う戦略が描けるという事例だと思います。

村上:通信業界は、言ってみれば昔からLTV÷CACの考え方でしたよね。孫さんによるモデムばらまきはまさにLTV÷CACの観点からの施策でしたし、ISP(インターネットサービスプロバイダ)競争も、光回線の獲得もこのモデルで考えられていたと思います。

小林:以前、話したモバイルゲームもまさにそうでしたよね。

村上:製造業の時代は、プロダクトあたりの単価が大きな変数指標の一つでしたが、SaaSに代表されるサブスクリプション型の事業では、ユーザーにどれくらい継続的に使ってもらえるかというリテンションや、チャーンの概念がより重要になりました。そのような経緯から、ユニットエコノミクスへの注目が増しているのだと思います。

*本記事はVoicyの放送を加筆修正し(ライター:代麻理子 編集:正田彩佳)、signifiant style 2020/5/3に掲載した内容です。