トヨタ一強の葛藤Photo:Bloomberg/gettyimages

コロナ禍で自動車製造は大減産を迫られ、世界の自動車市場の成長はストップした。国内生産300万台を掲げてきたトヨタ自動車とて、ガソリン車の生産過剰問題と無縁ではいられない。これまでトヨタの競争力の源泉だった内燃機関を主軸とした技術、サプライヤーの系列構造、販売店の直販体制が「過去の遺産」となりつつあるのだ。強みが弱みへ、弱みが強みへ――。ビッグクライシスに価値観の転換やビジネスルールの変更はつきものだ。特集『トヨタ「一強」の葛藤』の#2では、巨艦・トヨタが大胆にビジネスモデルを転換して、クルマ専業メーカーからモビリティーカンパニーへと変身できるのか、その葛藤を描く(ダイヤモンド編集部副編集長 浅島亮子)

トヨタ「異次元」の全方位投資
EV本腰で生まれる深い悩み

 7月15日、1週間後の渡航を控えたトヨタ自動車のエンジニアを激励する決起集会が盛大に催されていた。エンジニアがチャーター機で向かう先は、中国の広東省深セン市。中国の電気自動車(EV)兼電池メーカー、BYDのお膝元である。

 2019年7月、トヨタとBYDがEV領域の共同開発で提携することで合意。20年代前半にセダンタイプと低床SUVタイプという2種類のEVを中国市場へ投入する方針を明らかにしていた。

 新型コロナウイルスの感染拡大の影響で遅れていたビッグプロジェクトが、ようやく動き始める。両社が設立した新合弁会社は「BYD TOYOTA EV TECHNOLOGY カンパニー(BTET)」。目下のところ、コロナの感染拡大抑制のため外国人の中国渡航には厳しい制限がかけられているが、中国当局から見ても歓迎すべきプロジェクトであり、優先的に渡航許可が下りたようだ。

 両社の提携後に一時、中国政府のEV補助金が打ち切られてBYDの経営はピンチに陥ったが、補助金の復活と共にBYDも復活。中国当局が、トヨタとの新プロジェクトによる“カンフル剤”効果を狙っているとの見方もある。

 トヨタからBTETへ赴任するのは19人。あるトヨタ社員によれば、「まだコロナが終息していない段階での渡航なので、彼らはまさしく命懸けで業務に臨む企業戦士のようなもの。通常の海外赴任と比べて、覚悟の決め方、緊張感が違っていた」という。

 トヨタの場合と同様に、BYDからも同じ程度の人数がBTETへ出向し、最初は総勢40〜50人の組織体制からスタートする。トヨタの公式リリースによれば最終的にBTETは最終的に300人体制となる予定だ。

 今回、BYDへ赴任したトヨタのエンジニア19人のうち17人がトヨタの専任組織「トヨタZEV(ゼブ。排ガスを出さないゼロエミッション車)ファクトリー」からの出向者で占められている。

 このZEVファクトリーは、16年に豊田章男・トヨタ社長の肝煎りで発足したEV事業企画室が母体となっている。当初こそわずか4人で始まった零細組織だったが、その後にトヨタが今も本命視し続ける燃料電池車(FCV)部隊が合流。ZEVファクトリーに所属する社員によれば「倍々ゲームで人数が増えて、今や約400人の大所帯になった」という。要するに、EVやFCVのどちらの市場が爆発しても対応できるように準備する混成部隊なのである。

 ZEVファクトリーの本部長を務めているのが、「トヨタ最高幹部9人(豊田社長を含む)」の一角を占める寺師茂樹・トヨタ執行役員であることからも、いかにこの組織に気合いが入っているのかが分かろうというものだ。

 これまでハイブリッド車(HV)推しだったトヨタはEVに本腰を入れていないと見る向きが多かった。だが今回のBYDとの協業は、トヨタの電動化戦略やその先にある次世代モビリティー戦略の転換点となることが確実だ。