トップと「ビジョン」を共有しなければ、
参謀は務まらない

 これは、私にとって「幸運」にほかなりませんでした。

 なぜなら、たかだか入社2年目の私が、会社が生き残るためには、グローバル・シェアを拡大する以外に道がないという「ビッグ・ビジョン」の存在を知ることができたからです。その「ビジョン」は、苦しい日々の仕事に「意味」を与えてくれたのみならず、「ビジョン」を実現に近づけることに、自分のビジネス人生の目標を重ねることができたのです。

 そして、約20年後、私が秘書課長に抜擢されたのも、この「ビジョン」のおかげではないかと思います。

 実は、私を秘書課長に抜擢した社長は、入社2年目でタイに赴任したときに、タイ・ブリヂストンのナンバー2を務めていた人物でした。つまり、その社長と私は、「ビジョン」を共有していたということ。そのような人物は、私以外にも何人もいたので、なぜ、私を指名したのかはわかりませんが、社長が、「ビジョン」を共有している人間のなかから選択したのであろうことは、まず間違いないと思います。

 実際、その社長は、ファイアストンとの事業提携から買収へと”舵を切る”決断をしたわけですが、その判断の源には、ブリヂストン代々のトップ層で大河のように受け継がれてきた「ビジョン」がありました。この「ビジョン」を共有する人間でなければ、ファイアストンとの共同事業・買収という一大事業を遂行するうえで「参謀」として機能することは不可能だと、社長は考えたはずなのです。

 これは、私自身が社長になって実感したことでもあります。

 社長として判断に迷ったときに、相談したいと思う相手は、端的に言うと「話の合う」人物です。もちろん、それは性格の相性がよく、話が弾むという意味では全くありません。性格も経歴も専門性も全く一致してなくていい。私の「話の合う」というのは、自分が思考の根底に置いている「ビジョン」を共有しているか否か、この一点に尽きました。

「ビジョン」を共有していれば、「問題意識」のレベルも一致していますから、いきなり議論の核心に触れることができます。しかも、「ビジョン」をもっている人物は、自分や自分が所属する部門の「個別的利益」を超えて、会社が「あるべき姿」に近づくために、創造的な思考を働かせます。

 そして、社長という役職を担う私とは異なる「観点」で、ときに、私の意見とは異なる見解を述べてくれる。これこそが、不完全な人間である私を補ってくれる、頼もしい参謀の「あり方」なのです。