コロナ以降の新しい「仕事の考え方」の指針となる書籍、『どうして僕たちは、あんな働き方をしていたんだろう?』の発売を記念し、その一部を変更して公開します。同書の著者は、シリーズ160万部超のベストセラーと『99%の人がしていない たった1%の仕事のコツ』などの著作をもつ河野英太郎氏。電通、アクセンチュア、IBMなどをへて、現在は急成長中のスタートアップ・アイデミーで執行役員として活躍する河野氏は、何度もその働き方や仕事への価値観を変えてきました。その経験を活かし、過去の「働き方」をBefore/Afterのストーリー形式で振り返ったのち、実際にどうすれば古い働き方を変えられるかというHow Toのアドバイスをしてもらいます。今回の「どうして?」は、「どうして、OJTという名の放置プレイまかり通っていたんだろう?」です。
Before:「隣で見てて」が通用した
はやる気持ちを抑え、まだ着慣れないスーツに袖を通した富田実は、出社初日を迎えていた。大学を卒業して入社することになった食品商社で、富田は自分の会社員人生の始まりに緊張していた……という朝の気持ちは、いつの間にか、宙ぶらりんになっている。
「あー、ちょっと忙しいから、隣で何やってるか、とりあえず見てて」
富田の「教育係」になったという相川靖子は、5つ上の先輩だった。部内では仕事もできると評判だったが、彼女にとっては「教える」という仕事は初めてだ。
(見てて、とは言われたものの、何をやっているかまだわからないな……)
最初に大まかな仕事の流れは聞いた。富田がこれから担当するのは、取引先からの注文を聞き取り、倉庫へ正しく出荷を依頼する業務だ。覚えなければいけない商品数、商習慣からくる独特な呼び方など、覚えることはさまざまあった。富田はメモを片手に、文字通り仕事を「見て」はいたが、自分が同じようにできる自信はなかった。
その不安は悪い方向に的中し、早速、電話注文を受けた富田は、取引先の言うことをよく理解できずに戸惑わせてしまった。すかさず、フォローに入った相川のおかげで事なきを得たが……。
「うーん、ちゃんと見てた?」
それから、あれこれと富田の対応についてダメ出しを始めた。富田は、またしても頭がこんがらがる思いのなかで、メモをひたすら取り続けていたのだった。
After:テレワークでは「言葉で教える」しかない
大学を出て勤め始めた食品商社で、富田は3年目の春を迎えていた。最初のうちは右も左もわからないながら、「教育係」の先輩である相川靖子の仕事ぶりをどうにか追いかけてきた。相川は丁寧に教えるよりも、自分の振る舞いを見て覚えさせるスタンスにしたようで、富田はそのひとつひとつをメモした。
(相川さん、声かけるタイミングを間違えると怖いから、自分で解決できるようにしなくちゃ……)
さらに、いつでも検索できるように、富田は手書きのメモをワードに打ち直していた。自衛のための工夫だ。
そんな富田にも後輩ができることになった。教育係となった富田だったが、新型コロナウイルス感染症の拡大で、新入社員も入社早々に在宅勤務となった。富田はまだリアルでは会ったことのない後輩に、ビデオ会議ツールやチャットツールを通して、仕事を教えなくてはならなかった。そうなると、自分が教わる立場だったときの「隣で見てて」はとてもできない。必然的に、後輩に教えるためのマニュアルを自分で作ることになった。
「先輩がまとめてた、秘伝のワードファイル、すごくわかりやすいです」
ある時、富田はそんなふうに声をかけられた。自分を守るために作っていた「虎の巻」的なデジタルデータだったが、この環境下ではすぐにシェアでき、役立ったという。後輩に「同期にもシェアしていいか」と聞かれたので、富田は喜んで了承した。
後に、その虎の巻は、社内全体に広まることとなった。富田はその功績を認められ、それは人事評価にもしっかりと反映されたのだった。