「創意工夫」で人に喜ばれる体験をした

 それでも、僕は諦めなかった。

 今度は、電動ミシンのモーターを使うことを考えた。モーターをテレビのチューナーにつければ、ミシンのフット・コントローラーを使って、チャンネルが変えられると思ったのだ。早速、押し入れからミシンを引っ張り出して、ガチャガチャと分解し始めた。すると、間が悪いことに父親が部屋に入ってきて、露骨に不審げな表情を浮かべた。

「何をやっとる?」

 父親に訊かれた僕は、とっさに「また怒られる!」と思った。観念して正直に話した。確実に引っ叩かれると覚悟した。しかし、父親は嬉しそうにニヤニヤ笑っている。思わぬ展開にぼんやりしていると、父親は、「ほぅ、おもろいこと考えるな……。今度はうまくやれよ」と言うと、僕の隣に腰掛けて手伝ってくれたのだ。

 怒るはずなのに、手伝ってくれるなんて……。ドライバーでかたく締まったネジを外してくれるなど、とても助かった。そして、試行錯誤の末に完成。難点は、フット・コントローラーを踏む力加減だった。踏み過ぎると、ダイヤルが一気に回ってしまうし、力が弱すぎるとダイヤルが回らない。しかし、ちょうどいい加減で踏んでやると、ダイヤルは一つずつ動いてくれた。

 これは、家族にも大好評だった。

 面白さも手伝ってか、みんながフット・コントローラーを操作して、チャンネルを変えるようになった。僕もご機嫌だった。ようやく「チャンネル変え」の役目から解放された喜びもあったが、自分の「創意工夫」によって家族が喜んでくれたのが嬉しかった。思えば、小学生のときに、「創意工夫」で人に喜ばれる体験をしたことが、僕の人生に与えた影響は大きかったのかもしれない。

 ところが、思わぬ“落とし穴”があった。

 誰かがフット・コントローラーを強く踏み込んでしまったときに、ダイヤルが勢いよく回りすぎて、テレビが壊れてしまったのだ。僕が壊したわけではないのに、「お前がこんなものを作るからだ」と責められた。理不尽だと思った。

 でも、おかげで我が家にはカラー・テレビがやってきて、僕は壊れたテレビを思う存分分解することができた。小学生にして、「人間万事塞翁が馬」ということを学んだわけだ。そして、僕の「機械分解趣味」は、このときにさらにエスカレートした。

 もともと、機械が動くのを眺めながら、「ふーん、こういう仕組みで動いとるんか?」と想像するのが好きだったが、見てるだけではたまらなくなって、「実際に機械をバラしてみよう」となったわけだ。家族には大迷惑だったろうが、そのうちちゃんとバラしたものを組み立てるようにもなった。これが僕のエンジニアとしての始まりだったかもしれない。

「チゴイネルワイゼン」と「エンジニア」

 中学生になると、「エンジニア魂」に拍車がかかった。

 あれは中学一年生のときのことだ。僕は今でも大の音楽マニアだが、音楽を聴いて最初に感動したのは、音楽の授業で聴いた「チゴイネルワイゼン」だった。先生がLPレコードに針を落として、最初の音がスピーカーから流れた瞬間から感動しっぱなしだった。どこかもの哀しいメロディも、それを奏でるバイオリンの音色も素晴らしいと思った。まさに、心を奪われる体験だった。

「この曲を、もっと、何度も、じっくり聴きたい」

 そう思った僕は、その日、下校途中に「チゴイネルワイゼン」のレコードを買いに行った。ところが、家に帰ってすぐにレコード・プレイヤーを探したが、どこにもない。「レコードかけるの、あるよね?」と母親に訊くと、「そんなものはありません」と返ってきた。おまけに、「レコードのようなものを買って帰ってくるなんて堕落している。そんなことをしてはいけません」と叱られた。

 しかし、親にそう言われたからといって、諦めるような僕ではない。

 僕は、「チゴイネルワイゼン」のレコードを袋から取り出して、真っ黒な表面を顕微鏡で見てみた。なぜか家には顕微鏡はあった。そこには無数の溝がぎっしりと並んでいた。あの印象的な出だしを思い浮かべながら、この黒い溝の中にあの音が入っているのかと思うとため息が出るとともに、「何がなんでも、この黒い溝の中に刻まれている音を聴きたい」と思った。

 そして、思い出した。そういえば、小さい頃に歌を聴かせてもらった、ドーナツ版用の45回転のレコード・プレイヤーがあったはずだ。あれを改造すればLPが聴ける! そう思うと、俄然やる気が出てきた。物置に潜り込んでゴソゴソと掘り返して、埃にまみれた45回転のレコード・プレイヤーを引っ張り出した。

 ただ、残念なことに、用意した45回転のプレイヤーには、レコードの針がついていなかった。そこで紙を円錐形に丸め、その先端に裁縫用の針を仕込んだ。それをとりあえず手で持って、ターンテーブルの上でクルクル回るLPの溝に慎重に落とした。

 ドキドキしながら、耳を澄ませた。

 すると、あの「チゴイネルワイゼン」の印象的なイントロが微かに聴こえてきた。これは、本当に嬉しかった。その後、そのプレイヤーの改良を重ねながら、何度も何度も、「チゴイネルワイゼン」を聴いた。

 これ以来、オーディオへのこだわりが嵩じ、今も、高級オーディオを開発するビジネスを行っている。値段が高すぎて、なかなかビジネスとしては厳しいが、これは僕のライフワークだ。とことん「音」を究め尽くしたいと思っている。