ザッポスという会社をご存じだろうか。日本には進出していないアメリカのオンライン靴店なのだが、数々の伝説級のサービスとユニークなエピソードで全米、そして日本を含む世界中にファンがいるというかなり変わった会社だ。そしてこのザッポス、サービスも変わっているが、もっと変わっているのがそのマネジメント。ザッポスは世界最大規模のホラクラシー組織である。この10年のザッポスの伝説とマネジメントを自ら全公開したのが注目の『ザッポス伝説2.0 ハピネス・ドリブン・カンパニー』(トニー・シェイ+ザッポス・ファミリー+マーク・ダゴスティーノ 著/本荘修二監訳/矢羽野薫訳)である。本稿では、特別に本書から一部公開する。
とても意地悪な問題顧客がいました
私たちの意思決定をダウンストリーム・インパクトというデータで裏付けられるようになったことは、素晴らしいですね。問題がありそうな人も含めて、すべての顧客に真摯に対応するという意思決定をした当時を知っているとなおさら、長い道のりだったと思います。
私は2006年に入社しました。電話オペレーターとして採用され、仕事が楽しくてたまりませんでした。そして半年後に、リソース・デスクに異動しました。これはザッポスの特徴的なチームの一つで、オペレーターをサポートして、デリケートな顧客に対応します。
新しい部署で働き始めて2週間後、入社したばかりの社員が、泣きながら私の所に来ました。私はとにかく守ってあげなくてはと思い、「誰に泣かされたの? その電話を私のところにまわして。すぐに!」と言いました。
当時は、サービスに問題が生じたときに、割引クーポンを渡す習慣がありました。使えるのは1回だけでした。
問題の顧客は50ドル引きのクーポンを持っていました。かなり古くて、1年か2年前のものでした。彼女は商品を注文してクーポンを使いました。そして、それを返品して別の商品を注文するときに、また同じクーポンを使おうとしました。もちろん使えません。
彼女は電話をかけてきて、クーポンが1回しか使えないことに「気がつかなかった」から、がっかりしたと訴えました。カスタマー・ロイヤルティ・チームの新入社員は、ザッポスではよくあることをしました。
疑わしいときは善意に解釈するのです。「それは申し訳ありませんでした。1回限りのクーポンだったと思いますが、あらためて差し上げます。念のために確認させていただくと、1回しか使えません」
女性は新しいクーポンを使って新たに注文をし、返品して、また同じことを繰り返しました。断ろうとすると彼女は怒って、次に対応したオペレーターが新しいクーポンを渡しました。
これを5回か6回、繰り返していたのです。善意を悪用したのです。新入社員から話を聞いて、私は思いました。「ダメよ、絶対にダメ、これ以上はダメ」
私は愛想よく電話に出ましたが、譲りませんでした。「申し訳ありませんが、もう同じ対応はできません。できません。これが最後ですと何回もお話ししましたが、これでは悪用です。できません」
「ふん、二度と買わないから」
「それは残念ですね」
当時の私は知らなかったのですが、これはザッポスの流儀ではありません。思慮に欠ける反射的な対応でした。今でも思い出すだけで恥ずかしくなります。
「CEOにメールするからね!」と彼女は言いました。
私は「トニーにメールをするなら……」と言って、彼のアドレスを教えました。自分は100パーセント正しいことをしていると確信していました。
彼女を跳ねつけた自分を誇りに思いながら、電話を切りました。二度と電話はかかってこないだろうと思っていました。翌日、出社して自分のパソコンの前に座ると、画面に付箋が貼ってありました。トニー・シェイからでした。
「彼女にクーポンを渡すように」