競合を意識した組織マネジメントの功罪
朝倉:ここで視点を変えて、社内コミュニケーションにおける競合の取り扱い方について考えてみましょう。よくあるのは、競合を意図的に仮想敵に仕立てて、組織マネジメントを行う手法です。
小林:この手法を取ると、マネジメントがしやすくなり、組織のエグゼキューションレベルが上がる傾向にあると思います。競合の動きを見てすぐに組織が反応するので実行スピードが上がりますよね。
朝倉:わかりやすい仮想敵がいることで、組織内の一体感・求心力が高まるという側面もありますよね。
村上:仮想敵がいることによって戦略がシンプルになるという効果もあるでしょう。例えばニコンvsキャノンの競争のように、競合とのスペック・機能比較をベースに、自社プロダクトの進化を議論できるので、非常にわかりやすい。
そういう意味では、仮想敵を設けることにはメリットもありますが、その反面、注意すべき点もあります。競合を強く意識しすぎ、戦略議論がシンプルになりすぎた結果、第3の選択肢を見落とし、意識していなかったプレイヤーに優位を奪われるといったリスクが生じます。
小林:それは、今挙げられたレンズ交換式カメラの例でも顕著ですね。
当時、レンズ交換式カメラ市場では、ニコンとキャノンで合わせて8割程度のシェアを持っていました。両者のプロダクトラインナップはほとんど同じ、お互いに完全に同質化戦略でぶつかり合っていた。
しかし、この競争環境に対し、ミラーレスという新たなプロダクトを持ったソニーが仕掛けてきたわけですね。ニコン・キャノンは両社とも、明らかにミラーレスを軽視していました。お互いを意識しすぎるあまり、第三勢力を軽く見て対応が遅れたケースです。
村上:他には、米国におけるケーブルテレビ局間のコンテンツ競争に、全く新しい配信プラットフォームとしてNetflixが攻めて来た、日本におけるガラケー上のコンテンツ戦争に、スマホが入ってきてゲームのルールが変わった、などの例も同様ですね。
プラットフォームや技術基盤が根本的に異なる勢力を、競合と認識できずに対応が遅れてしまった。これは競合を仮想敵化し、同質化戦略を取る手法が孕むリスクだと思います。
小林:業界・集団の中で陳腐化・コモディティ化が進んでいるときに、ゲームチェンジャーが現れて、集団ごと一気に打ち負かされてしまうパターンですね。
朝倉:先述したように、競合を仮想敵化する組織マネジメントは、非常にわかりやすい手法である一方で、事業成長の本質からずれたところで不必要にエネルギーを使ってしまうという側面もあります。
小林:そうですね、とにかく競合の一挙手一投足全てが気になってしまう、という状態は健全ではありませんよね。
朝倉:はい。もっとマーケット、顧客と真摯に向き合ったほうがよい局面もあります。
また組織マネジメントの観点では、競合対策ばかりに執心していると、相手が陳腐化したり、撤退したりした時に、目標を見失ってしまう、燃え尽きてしまうこともあります。
村上:先述したように、1対1の競合関係だけではなく、第3の選択肢を見落とさないようにする、一段視座の高い競合戦略を考える必要があると思います。同業他社との横並び比較や単純な同質化戦略だけにとらわれず、広い視野で競合を捉えて戦略を描くことができれば、対競合戦略・競合対策という考え方は非常に効力を発揮します。
小林:自分たちが目の前の競争環境にとらわれて、集団ごと陳腐化していないかどうかを客観視する冷静な視点と、競争相手を意識して競争を仕掛け続ける熱量の高い視点のバランスが必要だということですね。
朝倉:セオリーとして、「競合のことは意識しすぎずに、顧客・マーケットに集中せよ」と言われることもあります。これはこれで正論ではあるのですが、とはいえ、やはり同時に、広い視野で競争環境を捉え、競争相手がどういった反応・リアクションを仕掛けてくるかを見極める努力を放棄すべきではないでしょう。相手を観察することによって、自分たちの戦略オプションに対する理解を深めることもできる。
競合という存在を冷静に見極めることで、自社の戦略を磨く要素にすることが肝要なんだと思います。
*本記事はVoicyの放送を加筆修正し(ライター:岩城由彦 編集:正田彩佳 記事協力:ふじねまゆこ)、signifiant style 2020/7/19に掲載した内容です。