読書におけるインプットは、
質の高い情報に絞り込む

 現在私は、東京大学大学院で人工知能について学んでいます。人工知能の技術の一つに、機械学習というものがあります。機械学習とは端的にいうと、たくさんのデータをコンピュータに分析させ、問題解決につながる情報を導き出す手法のことです。

 機械学習について学んでいて面白いと思ったのは、「いくら人工知能が膨大なデータを処理できるとはいえ、元となるデータそのものの質が低ければ、そこから導き出される分析結果の質は低い」という事実です。

 データのインプット部分では人間を凌駕している人工知能ですら、インプットするデータの質が低かったらそこから得られる結果も低レベルなものになります。これは、私の誤った読書にも当てはまります。

 当時、成川氏には次のような指摘も受けました。

「君が本から学ぼうとしていることを否定する気はないよ。でも本から学びを得るのは、もっと直接的に生徒に貢献した後でも遅くはない。とりあえず、王道の学びをして化学講師として日本一になってから、寄り道的な学びを楽しむほうがいいんじゃないかな」

 その言葉で、私の問題意識は極限まで研ぎ澄まされました。彼のアドバイスに従い、「これからの自分の学びはすべて、生徒の第一志望合格に直結する知識習得とスキルアップのため」という決意が生まれ、自分に「ない」ものを埋めるために、「これでもか!」というくらい数多くの本を読破したのです。

 当時の自分にとって必要であった専門科目の知識習得をはじめ、話し方スキル、教育心理学、教材作成ノウハウなどに絞り込み、次々と実践に落とし込んでいきました。

 この経験から学んだことは、読書におけるインプットは、自分にとってできるだけ質の高い情報のみに絞り込むべきだということです。

 それでは、読書における質の高い情報とは、そもそもなんでしょうか?