感染拡大を防ぐ努力が必要な2つの理由

更科:「どうせウイルスが広がってしまうのであれば、感染拡大を防ごうとする努力は無意味ではないか」という意見もあります。けれど私は、生物学の見地から、「したほうがよい」と考えています。

出口:その理由を教えていただけますか?

更科:理由はおもに2つです。ひとつは、医療崩壊を防ぐことができるからです。感染症の拡大が遅くなれば収束も遅れますが、一定期間で区切って考えれば、患者数は少なくなります。

 もうひとつは、ウイルスを弱毒化し、死亡者を減らす効果があるからです。毒性の強いウイルスは短期間で感染者を殺してしまうため、素早く別の人に再感染しなければなりません。そうでないと、感染者と一緒にウイルスも消滅してしまうからです。

 一方、毒性の弱いウイルスは、感染者を殺さないし、仮に殺すとしても時間を要します。そのため、別の人に感染するための時間に余裕があります。時間に余裕があれば、他の人に感染する機会も増えますから、ウイルスはなかなか消滅しないのです。

 つまり、感染するペースが遅くなるほど、毒性の強いウイルスは途絶えやすくなり、毒性の弱いウイルスが残ることになります。つまり、ウイルスは弱毒化に向かって進化することになります。

 もちろん、ウイルスの進化は偶然にも左右されるので、対策をしても万全ではありません。強毒化する可能性もゼロではありませんけれど、弱毒化する可能性が高くなるのは間違いありません。ウイルスの進化はかなり速いので、実際に1、2年で弱毒化した例もあります。

出口:ウイルスは、ホモ・サピエンスよりはるかに昔から地球にすんでいる大先輩です。ウイルスは30億年前から地球上に存在しています。一方、ホモ・サピエンスはせいぜい20万年程度です。

生物学者は、いま「新型コロナウイルス」をどのように捉えているのか?出口治明(でぐち・はるあき)
立命館アジア太平洋大学(APU)学長 1948年、三重県美杉村生まれ。京都大学法学部を卒業後、1972年、日本生命保険相互会社入社。企画部や財務企画部にて経営企画を担当する。ロンドン現地法人社長、国際業務部長などを経て2006年に退職。同年、ネットライフ企画株式会社を設立し、代表取締役社長に就任。2008年4月、生命保険業免許取得に伴いライフネット生命保険株式会社に社名を変更。2012年、上場。社長、会長を10年務めた後、2018年より現職。訪れた世界の都市は1200以上、読んだ本は1万冊超。歴史への造詣が深いことから、京都大学の「国際人のグローバル・リテラシー」特別講義では世界史の講義を受け持った。おもな著書に『生命保険入門 新版』(岩波書店)、『仕事に効く教養としての「世界史」I・II』(祥伝社)、『全世界史(上)(下)』『「働き方」の教科書』(以上、新潮社)、『人生を面白くする 本物の教養』(幻冬舎新書)、『人類5000年史I・II』(ちくま新書)、『0から学ぶ「日本史」講義 古代篇、中世篇』(文藝春秋)などがある。

 ウイルスとホモ・サピエンスは、一定の確率で、しかもアトランダムに出会うので、パンデミックは必ず起こります。パンデミックは自然災害であり、人間にはコントロールできません。ウィズコロナの時代、即ちワクチンや薬が開発されるまでは、いかに知恵を絞って犠牲を少なくするかという発想が大切になりますね。

更科:感染症対策において、私が効果を期待しているのは、「石鹸」です。新型コロナウイルスは、粒子の一番外側に「エンベロープ」という脂質からできた二重の膜を持っています。石鹸に含まれる界面活性剤は、エンベロープを壊すので、ウイルスを無害化できるんです。「石鹸」の効果がもっと知られてもいいと思いますね。もちろんアルコールも、エンベロープ中の脂質を溶かすので、ウイルスの除去に効果があります。

 ただ、私たちが住んでいる世界には、複雑なものより単純なものの方が多いという法則があるみたいです。私たちのような多細胞生物よりも、細菌のような単細胞生物の方がずっと多いし、さらに細菌よりもウイルスの方がずっと多い。

 ウイルスがうじゃうじゃいる世界のなかで、私たちは圧倒的に少数派です。私たちを根絶することはできても、すべてのウイルスを根絶することはとてもできません。ですから、私たちは、なんとかウイルスと共生する道を探っていかなければなりませんね。

パンデミックのあと、世界は必ず進化する

更科:コロナ禍のニューノーマル(新常態)の社会はどうなるとお考えですか?

出口:ペストがルネサンスを生んだように、新型コロナウイルスは世界を進化させて、働き方改革、生き方改革につながっていくと思います。

 リモートワークが推奨される中で、ITリテラシーの低い企業は淘汰されるでしょう。生産性の向上に結びつく可能性があります。また、ITリテラシーには男女の差が生じないため、ポストコロナの社会では、男女平等が進むのでは、と期待しています。

 市民の政治に対する関心も高くなるはずです。世界は今、「新型コロナウイルス対策」という同じ問題に取り組んでいます。どの国の、どの自治体のリーダーがどう対応しているのか、僕たちはインターネットやテレビを通じて比較できるので、リーダーに対する見方が変わると思います。

 僕はパンデミックが収束した後の世界については、中長期的には楽観しています。人類の歴史を振りかえると、どんなパンデミックもいつかは必ず終わります。そのあとに開かれる「新しい世界」に期待したいですね。

◎大好評対談! 出口治明×更科功
第1回 「現代の知の巨人が熱く語る「生物学」をいま学ぶべき3つの理由
第2回 「宗教」と「哲学」と「サイエンス」に共通している2つのビッグ・クエスチョンとは?
第3回 「生物の謎は「何パーセント」明らかになったのか?
第4回 「知の巨人・出口治明が「人生の基本原理は運と適応である」と断言するワケ