総予測#70Photo:Bruce Rolff/Stocktrek Images

コロナ禍で世界のパワーバランスは激変した。欧米主要国は、対策で多くの失態を見せ自信喪失状態。中国はどこよりも早く社会を再起動し、世界秩序を握ろうと虎視眈々としている。2021年の世界はどこへ向かうのか? 特集『総予測2021』(全79回)の#70では、国際情勢に関する近刊がヒット中の奥山真司氏(地政学・戦略学者、『サクッとわかるビジネス教養 地政学』著者)と塩野誠氏(経営共創基盤共同経営者、『デジタルテクノロジーと国際政治の力学』著者)が対談した。(構成/ダイヤモンド編集部)

「週刊ダイヤモンド」2020年12月26日・2021年1月2日合併号の第1特集を基に再編集。肩書や数値など情報は原則、雑誌掲載時のもの。

SF映画より奇想天外?
現実世界の国際情勢

塩野 2021年の世界を左右する最大の「変数」は、新型コロナウイルスのワクチンがいつ、みんなに届くかだと思います。これまではワクチンができるかが論点でした。それが21年は、できたワクチンをまず誰に届けるのか、医療従事者なのか高齢者なのか、その優先順位が新しい問題になります。

 そして「ワクチン外交」といった言葉に凝縮される、コロナ禍を巡る各国のパワーバランスの乱れが、最終的にどう落ち着くのか。本当は人類共通の敵である新型コロナに対して、世界各国が結束してもよかったのですが……。

奥山 米国映画の「インディペンデンス・デイ」では、宇宙人を前に世界が協力するのですが、実際の人類は結束しませんでしたね。それどころか「チャイナウイルス」なんて言葉が使われてしまったのが現実の世界。

塩野 本当に悲しいですね。学識者は感染症についてずっと以前から、紛争やテロと並ぶグローバルリスクだと警鐘を鳴らしてきました。それが今回現実のものになり、地球上のあらゆる人が新型コロナに直面したわけです。

 ところが欧米の各国は当初、「日本がクルーズ船の感染問題で大失敗している」程度の見方でした。それが見る見るうちに自国の方が大変な状態に陥った。一方で震源地とされた中国は、先進諸国よりはるかに上手に対処してしまった。欧米各国にとって20年は、自信喪失の一年だったと思います。

 中国については外交政策のギアが完全に上がった感じがします。中国は以前から、「大国とは何をやっても誰からも文句を言われない国だ」と考えていたのではないでしょうか。それを20年はいよいよ、隠さなくなった。トウ小平(とう・しょうへい、トウは登におおざと)が残した韜光養晦(とうこうようかい、目立たず力を蓄える)という外交姿勢を完全に破棄した年として、歴史に記録されるのではないでしょうか。

奥山 中国に対しては先進国の間に、インフォーマルな協調で対抗しようという動きが出ています。

 例えばオーストラリアは今、中国と激しく対立していますが、インドと接近している。米国も背後で同調している感じです。英国が空母を日本近海の西太平洋に派遣すると決めたら、フランスも動き始めた。経済はともかく安全保障面では、義和団事件以来の対中同盟みたいなものが非公式にできつつある。これが21年はどうなるか。

 安全保障を学ぶ人間は常に最悪の事態を想定します。ですから米中関係も、両国がつぶし合うシナリオを仮定せざるを得ません。

 特に米国人の戦略学研究者などと話すと、米国の今の本音は「かつてのソ連のように、中国共産党も自滅してほしい」というあたりにあると感じます。1991年(ソ連が崩壊した年)よもう一度、というような感じです。米国にとっては「成功事例」ですからね。

塩野 しかしソ連と全く異なるのは、今の中国には強い経済力があり、他国にデジタル技術を輸出したり、TikTokのようなアプリを他国民に使わせたりできる影響力もあることです。そこはどう見ていますか。

奥山 米中対立のアナロジー(類比)として使うべきは米ソではなく、19〜20世紀のドイツと英国の関係ではないでしょうか。