「経済学」と「安全保障」は不可分の関係にある

 サリバンによれば、米国における経済哲学は、建国以来、重商主義、自由放任主義、ケインズ主義、そして新自由主義といったように変遷してきたが、これには安全保障問題が深く関わってきたのだという。

 そして、今日もまた、地政学的な変化が生じており、これに伴って、経済哲学を変化させることが必要になっている。特に、これまで数十年もの間、支配的なイデオロギーであった「新自由主義」を克服すべきである。サリバンは、そう主張するのである。

 ただし、問題は、米国の外交の専門家たちの経済に対する無関心と無知である。かつては、そうではなかったとサリバンは言う。例えば、第二次世界大戦の前後、コーデル・ハルやジョージ・ケナンといった安全保障の実務家たちは、ソ連に対抗するためには、より積極的な国内経済政策が必要であると考えた。そして、従来の自由放任主義の経済哲学を放棄し、ケインズ主義を採用したのである。

 ところが、その後、経済と安全保障の関係が見失われるようになってしまった。

 経済学は、地政学的な現実を無視して、純粋な抽象理論の構築へと走った。他方で、外交の実務家たちは、経済に疎くなり、経済学の非現実的な教義を真に受けるようになった。ちなみに、そういう経済に疎い外交エリートたちが推し進めた政策の例としてサリバンが挙げたのは、TPP(環太平洋経済連携協定)である。

 なぜ、経済と安全保障の関係が見失われてしまったのか。サリバンは説明していないが、これについては、次のような説がある。

 冷戦期、米国の安全保障上のライバルは、ソ連であった。しかし、ソ連は経済的な脅威では必ずしもなかったため、安全保障の担当者たちは、経済学に関心を持つ必要がなかった。

 他方で、米国の経済的なライバルは、西ドイツや日本であった。しかし、西ドイツも日本も、安全保障上は敵ではなく、同盟国であった。このため、経済政策の担当者たちは、経済のことだけ考えていればよく、安全保障を考慮する必要がなかった。そういう時代が長く続いたために、安全保障の専門家と経済の専門家は、それぞれの専門に特化し、互いの専門に関心をもたなくなったというのである。

 さらに冷戦が終結すると、米国は、安全保障においても経済においても無敵となり(少なくとも米国はそう認識し)、米国一極支配が成立した。その結果、経済は、安全保障と無関係であるどころか、国家からも自由になるという錯覚すら生まれた。いわゆる「グローバリゼーション」である。国家の経済介入を極力否定する新自由主義が支配的なイデオロギーとなったのも、この冷戦後の米国一極支配という世界の構造と深く関係しているのである。

 だが、新自由主義に基づく経済政策やグローバリゼーションは、米国の長期停滞と格差の拡大を招いた。米国の国力は落ち、社会は分断されてしまった。

 さらに、ここに来て、中国というライバルが出現した。しかも現在の中国は、冷戦期のソ連あるいは西独・日本と違い、安全保障上も経済上も、米国の脅威なのである。